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ISSライブラリー 〜講師が贈る今月の一冊〜 第47回:七海和子先生(中国語通訳)

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先生方のおすすめする本が集まったISSライブラリー

プロの通訳者・翻訳者として活躍されているISS講師に、「人生のターニングポイントとなった本」「通訳者・翻訳者として必要な知識を身につけるために一度は読んでほしい本」「癒しや気分転換になる本」「通訳・翻訳・語学力強化のために役立つ参考書」等を、エピソードを交えてご紹介いただきます。
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今月の一冊は、中国語通訳者養成コース講師、七海和子先生ご紹介の「万葉の人びと」(犬養孝著, 新潮文庫, 1981年)です

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かれこれ30年以上読んでいる本である。本書はあとがきによれば、昭和48年7月21日から8月31日にかけて毎日15分間ずつ37回にわたり、NHKから全国に放送したものを文字に起こしたものである。そのため、非常にわかりやすく親しみやすい。が、本書の一番の魅力は著者が実際に万葉の歌を詠まれた地を訪れ、それぞれの歌がどのような歴史的背景を持ち、どのような地でどのような風土に育まれて詠まれたのか説いているところ、そして随所に著者の万葉への愛が感じられるところにある。

 

「有馬皇子自ら傷みて松が枝を結べる歌二首」を見てみよう。

 

家にあれば 笥(け)に盛る飯を 草枕
旅にしあれば 椎の葉に盛る

 

多くの人がこの歌を1度は目にしたことがあると思う。そしてその訳は「家にいるときはいつも器に盛って食べる飯を、今は旅の途中であるので椎の葉に盛って食べることだ」というものが多いのではないだろうか。
この歌はまだ19歳という若さの有間皇子が謀反を起こしたというかたちでこの世を葬り去られることになる前に、現在の和歌山県日高郡の岩代という場所で詠んだ歌の一首。この先の白浜に着いたら、殺されることになるだろうという心持ちで詠んだ歌である。この本では、「椎の葉に盛られた飯」は自分が食べるために盛った飯ではなく、この土地の珍しい風習に従って「神様にお供えするために御飯を椎の葉に乗せた」とする説を取っているのだが、この歌の前にもう一首下記の歌が詠まれている。

 

磐代(いわしろ)の 浜松が枝を 引き結び
真(ま)幸(さき)くあらば また還り見む

 

「松が枝を結ぶ」というのがどういうことなのか実際にはわかっていないとのことだが、松の枝と枝を結んだまたは幣帛をつけたか、そのようなことであろう。松にさわるとは、どういうことなのか。松は常盤であるため、「常盤の魂が我が身につく」ということになり、それは我が身の「命長かれ」という祈りとなる。この磐代(現在の岩代)は海が一望できる素晴らしい場所。本来であれば、その景観に感激して「うわー!素晴らしいなあ」と心から感動するようなところで、まだ19歳の有間皇子は、ひょっとしたら殺されるかもしれないという予感を胸に「磐代の浜松が枝を、こうやって引き結んでおくが、もしも幸いに無事であるならば、また戻ってきてこの松を見るであろうが、ああ、そうあって欲しいなあ」という祈りの気持ちでこの歌を詠んだのである。
そして続く「家にあれば〜」の歌は「家にいると食器に盛って神にお供えする御飯を、こうして旅に出ているから椎の葉に盛って神にお供えします」。神にお供えするということは、何かを祈ったのであろう。有間皇子はどんな気持ちで祈りを捧げたのか。
有間皇子は蘇我赤兄の口車に乗って、中大兄皇子に対して謀反を企てたことにされてしまったのだが、椎の葉に神へお供えする御飯を盛りながら、無事でいられるだろうか、もっと生きていたい、蘇我赤兄の口車に乗らなかったら良かったのになあ、などといろいろな思いが交錯していたであろう。 本書には、著者が実際に岩代を訪れた時の記載や地図もあり、それらを見てから、「有馬皇子自ら傷みて松が枝を結べる歌二首」を読むと、1300年以上も前に詠まれた歌であるのに、その場所の様子や有間皇子の気持ちが手に取るようによみがえってきて、こちらまで苦しくなる。

 

実は上記の歌の解釈に驚いて(中学で習った訳とあまりに違っていた)大学で万葉集を専攻するきっかけとなったため、この歌には思い入れがあり、暗い歌を例にとってしまったが、万葉集には恋の歌も多く、なんとも微笑ましい可愛らしい歌(しかも男性が詠んでいたりする)も多い。女の人の夫を待つ恨みつらみの歌も面白い(当時は結婚しても相当長い期間別居)。それを著者は実に楽しく万葉への愛が溢れんばかりに解説しているので、万葉の世界にタイムスリップしたように私の目の前に万葉歌人たちが浮かんでくるのだ。歌は声に出してこそ、というのもこの本から教わった。助詞の使い方、音節の違いで躍動感や印象が全く違ってくるという解説も大変興味深い。
時々朗誦するお気入りの歌がいくつかあるが、1300年以上前に詠まれた歌に共鳴し、歌人の心と私の心がつながることができるとは、なんと不思議で幸せなことかと思っている。ちなみにこの時代にひらがなはまだなかったので、先に紹介した歌は万葉仮名で書くと次のようになる。

 

家有者 笥尓盛飯乎 草枕 旅尓之有者 椎之葉尓盛

 

万葉集というと、「ああ、あの昔の…」という反応が多いのだが、この本を読めば、歌人たちのこころは決して古いものではなく、その感性の豊かさに却って身近に感じられるようになるかもしれない。
コロナ感染拡大の影響で自宅に引き籠ることの多い今日この頃、地図を見ながら万葉の旅を楽しんでいる

 

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七海 和子(ななうみ かずこ)
駒澤大学文学部国文学科卒業。大学卒業後、出版社勤務を経て、日本の物流会社の北京事務所にて自動車物流、倉庫管理等に従事。その後青少年育成プログラムに携わり、アイ・エス・エス・インスティテュートで通訳訓練を受けた後、2013年よりフリーランスの通訳者・翻訳者として活動中。
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| ISSライブラリー 〜講師が贈る今月の一冊〜 | 09:33 |

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