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ISSライブラリー 〜講師が贈る今月の一冊〜 第20回 : 近藤はる香先生(中国語通訳)

 

ライブラリー画像近藤先生.PNG

 

先生方のおすすめする本が集まったISSライブラリー
プロの通訳者・翻訳者として活躍されているISS講師に、「人生のターニングポイントとなった本」「通訳者・翻訳者として必要な知識を身につけるために一度は読んでほしい本」「癒しや気分転換になる本」「通訳・翻訳・語学力強化のために役立つ参考書」等を、エピソードを交えてご紹介いただきます。

今月の一冊は、中国語通訳者養成コース講師、近藤はる香先生ご紹介の『新樹の言葉』(太宰治著、『ろまん灯籠』角川書店、1955年初版)です。

 

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「君たちは、幸福だ。大勝利だ。そうして、もっと、もっと仕合せになれる。私は大きく腕組みして、それでも、やはりぶるぶる震えながら、こっそり力こぶいれていたのである。」

 

中学の時、夢中になって読んだ本に『モンテクリスト伯』(岩波文庫)があります。『巌窟王』とも呼ばれる作品です。非現実的な展開と超人的な主人公の能力に、思春期の私はどこか冷ややかで、可愛げのない読者でしたが、そんな私が「夢中になって読んだ」理由は、主人公の監獄での超人的な執着と結末の虚しさでした。


驚く方もいるかもしれませんが、実は私は「競争」が非常に苦手で、甲乙をつけられるのも、甲乙をつけるのも大嫌い、恐怖さえ感じます。しかし高校受験を控えたあの頃は、そんなきれいごとも言っていられず、「『競争心』が欲しい」、「せめて『○○高校に絶対受かりたい』という気持ちが欲しい」と悩み、『モンテクリスト伯』を読みながら、「すばらしい!恨みでも復讐心でも何でもいいから、死に物狂いになれる原動力が欲しい」と思ったものでした。そして、最後まで読み進めて襲われた空虚感。もやもやとしつつも、「不純な動機で得たものは、ただ空しいだけ」とスッキリしたのを覚えています。


冒頭に掲げたのは『モンテクリスト伯』の一節ではありません。太宰治の短編『新樹の言葉』の結びの言葉です。没落した良家の若い兄妹二人が、元々自分たちの住んでいた屋敷が火事で燃えるのを「二階にも火が回ったね」などと淡々と話しながら眺めているのを見て、主人公が心の中で叫んだ言葉です。恨みや妬みだけではなく、感傷さえもない兄妹。まさに無欲そのもの。そして、無欲だからこそ仕合せそうでした。この短編を読み、二人に憧れ、「何かを得ることが幸せなのではない。欲を捨てることが幸せなのだ」と、それ以来「こだわると生きづらい」を座右の銘に、欲を捨てる修練を人生としています。


幸い平和で豊かな時代に生まれ、復讐や恨みに苛まれることは少なく、「所有欲」や「競争心」という、扱いようによっては「向上心」に繋がるものが今の世の中の大多数の人の「欲」でしょう。しかし、私はそれも捨てたいと思っています。


きれいごとを言うようですが、学業も通訳・翻訳の仕事も、いい評価がほしい、もっとうまくなりたい、認められたい…などと思って取り組んだことはありません。気持ちと体がいつの間にか自然とそちらに向いていたから、ただ流れに乗ってやってきただけです。勿論「認められたい」「負けたくない」という気持ちが一切起こらなかったわけではありませんが、全く持続しませんでした。また、そういう気持ちで取り組むと結果も非常に悪く、意識して振り払うようにしていたのも事実です。


「通訳は黒子」です。ビジネスや文化交流、外交など非常に重要な場面で、要となる仕事をするにも関わらず、私たち通訳は永遠にその主体とはなりえません。自己顕示欲や競争心は絶対にタブーです。「黒子」――「無欲」になることが通訳としての私の追求です。


人間「欲」があるのが自然で、恐らくそれをうまくコントロールできれば問題ないのだと思います。自信ややる気に繋がるならば、「自己顕示欲」や「競争心」も否定はできません。ただ『新樹の言葉』を読んだ時の、あのスカッとした気持ち、天から光が差したような感覚は「無欲」も一つの力、何かを成し遂げるのに道は一つではないと教えてくれるような気がします。学業、仕事、人生において「無欲」になろうとすることが、私の力になっています。

 

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近藤 はる香(こんどう はるか)

横浜市立大学国際文化学部卒業。10年の中国留学を経て、帰国後フリーランス通訳者、翻訳者として稼働中。アイ・エス・エス・インスティテュートでは中国語通訳者養成コース基礎科1を担当。

 

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