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ISSライブラリー 〜講師が贈る今月の一冊〜 第8回 : 椙田雅美先生(中国語翻訳)

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先生方のおすすめする本が集まったISSライブラリー
プロの通訳者・翻訳者として活躍されているISS講師に、「人生のターニングポイントとなった本」「通訳者・翻訳者として必要な知識を身につけるために一度は読んでほしい本」「癒しや気分転換になる本」「通訳・翻訳・語学力強化のために役立つ参考書」等を、エピソードを交えてご紹介いただきます。
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今月の一冊は、中国語翻訳者養成コース講師、椙田雅美先生ご紹介の「小公女」(フランシス・ホジソン・バーネット作、山主敏子編著)です。

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いまや「昭和時代」と言われることも珍しくないほど、昭和は昔のことになりました。一応昭和生まれの私も、昭和の記憶は定かではありませんが、昭和の雑貨、昭和の歌謡曲、昭和の料理…と、「昭和感」の漂うものに魅力を感じます。なかでも私が大好きな「昭和の児童書」について、今回ご紹介させていただきます。


児童書とは0歳から12歳くらいまでのこどもを対象に書かれた文学作品で、広義には絵本や、親に読んでもらうことを前提とした本も含まれますが、一般的なイメージとしては小学生が読む本でしょう。定義はさておき、日本で小学生の数が一番多かった時代は、戦後の第1次ベビーブーム世代(団塊世代)が小学生だった昭和30年代初めから、第2次ベビーブーム世代が小学生だった昭和50年代の半ばまでです。子どもの数は児童書の発行部数に直結しますから、同じ時期が児童書の全盛期だったと言えるでしょう。その後は少子化によって子どもが減少する一方で、昭和37年(1952年)のピーク時には1337万人いた小学生は今年、平成28年(2016年)には639万人と、半分以下になってしまいました。


私が子どもの頃、毎月一回駅前の大きな書店で、帰宅する父と待ち合わせ、本を一冊だけ買ってもらっていました。まだネット書店など存在せず、どこの駅前にも書店がありました。店頭のスタンド棚には『小学1年生』から『小学6年生』まで学習雑誌が陳列、平積みされ、店内の本棚には『世界こども名作全集』、『少年少女ものがたり百科』など、名作文学や知識・教養を児童向けに書き改めたものがずらりと並び、『少年探偵シリーズ』、『怪盗ルパンシリーズ』など、特定作品のシリーズだけでも何十冊とありました。


「字の本」であれば値段は問わないが、買ってもらえるのは一冊だけでした。お財布の都合もあるでしょうが、本を選ぶという経験を積ませたかったのでしょう。たくさんの本の中から「今月の一冊」を選ぶため、待ち合わせ時間よりずっと早く書店へ行って、あれこれ見比べたものです。それでもいざ読み始めると難しかったり、つまらなかったりして、途中で放り出すこともありましたが、最後まできちんと読んだことを確認するまで、父は次の本を買ってくれませんでした。


子どもの頃大切に読んだ本は、誰もが大人になっても覚えているものです。1枚1枚わくわくしながらページをめくり、1文字1文字しっかりと字を追った記憶、忘れられない主人公の言葉、そして挿絵…。近年、思い出深い本を図書館で借りたり、古書店やネットオークションで入手したりして読み直すのが楽しみになりました。


仕事柄、世界名作の翻訳、改編ものに興味が有りますが、再び読んでみてまず驚いたことは、昭和の児童書に書かれた日本語の美しさです。子ども向けにわかりやすく平易な文章構成ですが、ひとつひとつの文は格調高く、ひらがなが多いほかは大人が読む文章と変わりません。多くは、高名な文学者、大人が読む翻訳書も多数手がけている翻訳家の筆によるものです。挿絵も美しく、画才のない私は上手く表現できませんが、作家の個性を前面に押し出すような絵ではありません。むしろ中庸で、あえてイメージを固定しないような透明感のある絵なのです。だからこそ子どもも想像をめぐらせ、自分なりに小公女セーラが住む屋根裏部屋や、マルコが歩くアンデス高原を思い描き、胸に焼き付けることが出来るのでしょう。自分で思い描いた絵に優る挿絵はありません。


ISSの友人で、出版社に勤務する人に聞くところでは、一昔前の児童書はまさにドル箱で、シリーズ化された作品の関係者はその仕事だけで家が建ったとか。良い仕事をするためにはやはりお金と時間も必要です。子どもが多く、安定した売上げが約束されていればこそ、一冊の子ども向けの本に一流の作者、訳者が取り組み、スタッフもじっくり時間をかけて作品を完成させることが出来たのだと思います。でもお金と時間だけではこんなに美しい文章は生まれません。良い作品を子どもに届けたいという熱意が、古びた本から伝わってきます。


別の中国語仲間で、現在は校閲者をしている友人に娘さんがいるのですが、私は毎年クリスマスに本をプレゼントしています。彼女が小学生になって、世界の名作を贈ろうと思ったのですが、書店に行ってまずは児童書の少なさに驚き、次に名作ものの挿絵のほとんどが、アニメやマンガ風になっていることに驚きました。絵の個性が強すぎて、子どもが想像を膨らませる余地がなさそうです。読んでみると文章もマンガのセリフかケータイ小説のように、会話文、擬音が多用され、ブツブツと途切れた文章が目立ちます。


現在でも複数の出版社から発行されている『小公女』を贈ろうと、何冊か立ち読みしてみましたが、いずれの本にも魅力を感じませんでした。


そこで、自分が読んだ『小公女』をネットで検索してみると、ポプラ社で昭和39年(1964年)から昭和62年(1987年)頃まで世界名作童話全集の24巻として発行されていたものだとわかりました。(現在は作者も挿絵も変わっています)まさに昭和の児童書全盛期に発売されていた本なので、この本で『小公女』を知った子どもも多かったのではないかと思います。幸い手の届く値段で状態の良い中古本が見つかりました。同シリーズの『小公子』も自分が読んだものだったので同時に入手し、古い本だけどぜひ読んで欲しいと手紙を添えて、ラッピングして娘さんに贈りました


幼児期からゲーム機を操るイマドキのお子さんに、昭和の児童書のいささか悠長なところもある文章を気に入ってもらえたかどうかは分かりませんが、母であり校閲者である友人からは読んだあと「昔の翻訳者はいい仕事してるよね!」とメールをもらいました。
中日翻訳の受講生の方からしばしば「日本語力を高めるにはどうしたらよいか」との質問を受けますが、まずは正しく美しい日本語にふれることだと思います。日本語の奥深さに埋もれてしまいそうになった時、良き時代の児童書を読んで、わかりやすく美しい日本語にふれてみるのも良いかも知れません。

 

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椙田 雅美(すぎた まさみ)
東京都出身、中央大学大学院総合政策研究科博士前期課程修了。専攻は人口政策。ISSインスティテュートで学び、現在は中日翻訳者としての活動をメインに、ISSインスティテュート及び日中学院で講師を務める。ISSインスティテュートでは中国語翻訳者養成コース「本科2(中日翻訳)」クラス担当。訳書に「中国農民調査」(文藝春秋)、「発禁『中国農民調査』抹殺裁判」(朝日新聞出版)など。

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小公女-1.jpg

ポプラ社 (1964/2/5)

ISBN-10: 4591002810 / ISBN-13: 978-4591002810

| ISSライブラリー 〜講師が贈る今月の一冊〜 | 11:00 |

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