1966年、日本で最初の同時通訳者養成学校(当時の名称:アイ・エス・エス通訳研修センター)としての開設以来、アイ・エス・エス・インスティテュートは、第一線で活躍する通訳者・翻訳者を養成してまいりました。
創立50周年記念として、これからISSで学習を始めてみようとお考えの皆様や、ISSで学習中の受講生の皆様へ向けて、プロの通訳者・翻訳者として活躍されているISS講師から「応援メッセージ」をいただきました。本スクールブログにて、「応援メッセージ」を一つずつご紹介いたします。
通訳・翻訳訓練を始めてみたいけれどあと少しの勇気がでない皆様、学習を長年続けているからこその伸び悩みを感じている皆様、ぜひ、ご一読ください!
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「勉強は自分への投資」 〜言葉によって生かされてきた通訳人生〜
石黒弓美子先生(英語通訳者養成コース)
「『言葉は神なり。よろずのものこれによりてなり、これによりてならざるものなし』とは、聖書の教え。一方日本語でも、『神』は、『示す偏』に『申す』と書く。いずれも言葉を意味するもの。言葉は人を生かしもするし、殺しもする。『ペンは剣よりも強し』の諺にもある通り。剣による傷はいずれは癒えても、言葉による心の傷は、剣による傷が癒えた後も、何年もの間、癒しがたい。だから言葉を大切に」というのが、母の教えでした。
ちょうど多感な頃でした。英語を勉強し始めて間もなくの頃、英語という言葉に対する興味から、「英語を使って人を活かす仕事に就く!」と心に決めました。そして望んだ仕事が通訳の仕事です。しかし、陳腐な台詞ですが、「人生は紆余曲折」。大学入試に失敗し、父の倒産でお先真っ暗という経験もしました。最初に習った通訳の先生には「他の就職先を紹介する」という形で見捨てられました。それでも、ずうずうしくも、一度も「通訳になるという夢」を捨てようと思ったこともなく、捨てなくてはならないかしらと疑ったこともありませんでした。むしろ、困難と挫折が留学の決意を固めさせてくれました。
「人より辛き言葉にてとがめられし時、天使来りて我を諭したもうと思うべし。悪しきいざないは甘き言葉より来たり、よき導きは苦き言葉より来る」という、受け売りでしょうが、母の勇気づけにより、見捨てた先生の厳しい「不合格宣言」も、「別の道もあるよ」というよき導きだと信じることができたのでした。
留学を果たしたのは24歳の時。アメリカの大学を卒業するのには、5年の歳月を費やしました。通訳の一年生になった時には、32歳になっていました。それでも「遅すぎた」と感じたことはありませんでした。「人生は長い」「勉強は自分への投資だ」という、これまた母の強い信念が私に乗り移って、背を押し続けていたからでした。
「捨てる神あれば、拾う神あり。」諺は、まさに言い古された言葉でありながら、だからこそ真理をついています。アメリカから帰国後、通訳の勉強を再開するにあたり、拾ってくれたのがISSでした。子持ちで、働くところもなく、お金もなかった時に、授業料半分の奨学金と勉強の機会を与えてくれたのでした。セカンドチャンスが与えられたのです。そこから本当の通訳のプロへの道が開かれたのでした。
今振り返ってみれば、母の口癖通り「悪いことは一つもない」だったのです。こうして見ると私のこれまでの人生は、ずっと、よき言葉によって導かれてきた半生でした。「英語という言葉を使って人を活かす仕事に就きたい」と切望しながら、母の叱咤激励の言葉の数々はもちろん、Never too late! Never give up! You are what you believe you are! などなど、私自身が言葉によって活かされてきたのでした。
通訳というのは、実に厳しく、つらい仕事です。一人前になるには、何年もかかります。プロになるにはかなりの金銭的な投資を伴う場合も少なくないでしょう。プロになったところで、緊張のあまり、肩こりや歯の痛みが伴うこともある苦しい勉強が終わるわけでもありません。むしろ、そこがスタートです。仕事を頂くたびに、山のような準備の勉強が待っています。その準備次第で、次の仕事が頂けるかどうかが決まります。一回一回が真剣勝負。限られた時間と能力を駆使して準備をします。私は、通訳の仕事は「準備8割、本番2割」と考えています。体力と気力と知力の勝負です。
通訳は人の言葉を、また別の人に伝える仲立ちをするコミュニケーターであり、よく「黒子」だと言われます。確かにある意味では黒子ですが、実は「黒子」であって「黒子でない」。通訳には通訳者の全人格がどうしても現れます。通訳はinterpretation、「通訳者の解釈」であり、通訳には、通訳者の人間理解力と洞察力、そして豊かな表現力が現れるからです。日本語通訳の美しさではこの人の右に出る人はいないと言われ、ISSで最初にご指導くださった先生のお一人、田中祥子さんは、特に人前に出て行う逐次通訳については、ごまかしがきかない、通訳者としてすべてを試される、まるで「丸裸で人前に出るような思いがする」と表現されています。
しかし、同時に通訳という仕事は、準備が活きた時には、この上もなく楽しく、やりがいのある仕事です。知的刺激の大きい仕事です。学びの多い仕事です。息の長い仕事で、それまでの人生のあらゆる経験が活きる仕事です。人生経験がプラスに働く仕事なのです。つまり、若い人はもちろん、人生経験を積んだ人にとっても、挑戦し甲斐のある仕事だと思うのです。
こうしたことが言えるのは、通訳という職業に就いてから30数年を経た今だからですが、今この道を進みつつある方々に、また、これからこの道を歩もうという方々に、大いなるエールを送ります。
<禁無断転載>
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<石黒弓美子先生のプロフィール>
英語会議通訳・NHK放送通訳者。東京外国語大学他で非常勤講師。NHKG-Media国際研修室講師。近共著:「英語スピーキングクリニック」「最強の英語リスニング実践ドリル」(研究社)など。
1974-1975年、USC南カリフォルニア大学・英語音声学特別コース修了。
1980年、UCLAカリフォルニア大学ロサンゼルス校・言語学科卒業。
1982年、アイ・エス・エス・インスティテュート同時通訳科修了。
1985年-2000年、アイ・エス・エス・インスティテュート通訳科・同時通訳科レベル担当。
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