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「NIPPON 〜到来した平成の開国〜」 第9回 NIPPON 「ユーゴスラビア 〜異国での生活から生まれた愛国心」

読者の皆さん、こんにちは。

ランゲージワン株式会社で多言語コンタクトセンターの企画営業をしている高橋恵介(48)です。

日本における言語のバリアフリーを目指して、この分野で活動すること約25年。日本に住む外国人の悲喜こもごもを見てまいりました。

前回は浅草に寄り道しましたが、今回はユーゴスラビアに寄り道しましょう。

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このコラムの読者の中には、英語が出来る人が多いと思いますので、言葉がほとんど通じない環境に行ったことがある人はあまりいないかもしれません。

私は1997年から1999年にかけてユーゴスラビア(現在のセルビア共和国)にいました。ドナウ川のほとりに建つアパートの一室に住み、現地のプロテスタント教会で牧師をしていました。

そこはセルビア語の世界です。英語がほとんど通じないため、市場での買い物など現地の人との会話は、日本語を使っていました。経験のある方もいると思いますが、身振り手振りを交えた母国語は、下手な英語よりもむしろ相手に意図が伝わるものです。

日本人は外国人と見ると、どこの国の人だろうと、英語で話しかけるか、黙ってしまいます。でも、日本語で話しかける方が、はるかにコミュニケーションは進みます。大阪のおばちゃんが外国人に対しても一切たじろがずに、大阪弁でしゃべりまくるあの感じです。

その当時私は、教会では英語で説教をし、通訳者にセルビア語に通訳をしてもらうという形で仕事をしていました。英語と日本語だけで通すわけにもいかないので、私自身が毎日セルビア語の個人レッスンを受けていました。最初に教わったセルビア語は、「お腹が空いた。」「トイレはどこですか。」の2文でした。これさえわかればとりあえずここで生きていけるよと教えてもらいました。

【愛国心】
日本語が全く通じない世界、英語もほとんど通じない環境での生活。この時に日本人としての誇りや愛国心(日本が褒められると嬉しい気持ち)を感じる瞬間が多くありました。

その街には日本人が私1人しか住んでおらず、街を歩いていると、「キーナ、キーナ」とセルビア語で声をかけられました。その街は中国人の姿がよく見られる街でした。私は「ネキーナ。ヤサムヤパナツ(中国人じゃないよ。日本人だよ)」と伝えると、皆一様に驚いて、「日本人を初めて見た。なんでこの街にいるのか?」などととても親密に声をかけてくれました。「TOYOTA、SONY、NEC、HONDA、PANASONIC…、日本の製品はすごいし、日本人もすごいね」と口々に言ってくれました。彼らにとっては、ピクシー(当時名古屋グランパスにいたサッカー選手ストイコビッチ)が活躍している国として、日本はよく知られた国なのでした。ちなみに私のユーゴスラビアでのニックネームは「KAWASAKI NINJA」でした。

【NATOの空爆】
そのユーゴスラビアでの生活は1999年1月、突然終わりました。アメリカを中心としたNATO軍が、時のミロシェヴィッチ政権への制裁、打倒を目的として、アドリア海からトマホークミサイルをユーゴスラビアの各地に打ち込むと宣言したからです。私は当時ユーゴスラビア第3の都市であるノビサド市に住んでいました。在ベオグラードの日本大使館から、「日本はNATO加盟国ではないが、ユーゴスラビアの敵性国とみなされる可能性があるため、一刻も早く国境を出るように」との勧告がありました。緊迫した中、当時一緒に働いていたアメリカ人とともに、車でハンガリーの国境を越えてユーゴスラビアを後にしました。

日本人であることを誇らしく思わせてくれる環境で生活したことは、良い経験でした。帰国した後、日本が世界で認められる国として存続するためにも、外国人受入環境をもっと整えていきたいという思いが強くなりました。現在の多言語コールセンターサービスの構築はその活動の一つです。

【その後のこと】
NATOの空爆後、何度かユーゴスラビアを訪れました。破壊され無残な姿となったドナウ川に架かる歴史ある橋。アパートの近所に開いた大きなミサイル着弾の穴。ミサイルが命中し廃墟となった放送局ビルなど、心の痛む光景が至るところにありました。その話はまたいつかの機会に。
(つづく)
| NIPPON 〜到来した平成の開国〜 | 19:30 |

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