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「北京から見る日中翻訳業界」 最終回 「訳すべきか、訳さざるべきか」


中国では春節を迎え、新たな一年が始まったところではありますが、始まりがあれば終わりもやってきます。長らくお付き合いいただきました当ブログですが、今回にて最終回とさせていただきたく思います。


さて、筆者と中国の腐れ縁は20年を過ぎましたが、中国について凄いなぁと思うのは雄大な景色や文化遺産でもないし、経済発展の速度でもないし、高速鉄道の速さでもないし、中国人が日本で爆買いする金額でもありません。

個人的に啓蒙されるのは、中国の医学であり、風水であり、武術であり、思想であり、そしてそれらの根本になっている中国語そのものであり、そして中国語の根幹となる漢字であります。中国語と言えば狭義には北京語(普通話)もしくは国語ということになるのでしょうが、本来は様々な方言のある中国において、長らく首都が置かれた北京で使われていた北京語が、官吏の使用する「官話」になり、やがて官吏以外も使用するようになって「国語」になり、「普通話」に制定されたという歴史があります。

日本に漢字が伝わったころとは事情が異なるわけで、それゆえに日本の音読みは現在でも「呉音」と呼ばれます。筆者の駐在する北京は日本でも「ペキン」と読まれますが、呉音の法則で読むならば本来は「ホッケイ(ホクケイ)」もしくは「ホッキョウ」になるはずです。「ペキン」と読むのは「唐音」であります。ちなみに、北京を日本古来の大和言葉で読むならば、「きたのみやこ」あたりが妥当じゃないかと思います。唐音も呉音も中国語の発音ですから、日本はそもそも中国語の音で読んでいたわけです。

漢字と同じくらい古くに中国から日本に伝わったものに「囲碁」があります。中国語では「囲棋(ウェイチー)」となりますが、実は同じものです。いや、なにを当たり前のことをと言われるかもしれないので説明すると、「碁」と「棋」は本来同じ漢字だということです。漢字の発祥は殷代と言われていますが、その後周代の末期から春秋戦国時代を経て各地で字体に変化が生じ、やがて秦の始皇帝によって統一されるに至りました。「碁」と「棋」は字体の異なる同じ漢字であったということになります。そして、「ゴ」という発音は「呉音」であり、「キ(中国ではqi=チー)」は唐音であるということでもあります。

さて、文武両道(中国語では文武双全)などと言われるように文と武は対極的に扱われることが多いなか、筆者は上述にて一括りにしました。そして武術の根本に漢字があるとしたのですが、漢字を見ればそこにイメージが生じます。筆者はとある武門に内弟子として入門しましたが、教わる多くの動作は成語(四字熟語)のような漢字で表されます。それを翻訳して理解することはできますが、翻訳したあとに元の漢字のもつイメージの強さを、理屈を覆さずに表現できるのかということになると、筆者にすればその技法を習得するよりもより難しいことに感じるものであり、中国武術をしてこれほど胡散臭く思えるまでの深みを持たせることになった背景には、漢字の存在があるに違いないと筆者は勝手に考えています。

例えば、「放鬆(放松)」という武術の要訣があります。普通に翻訳すれば「リラックス」とか「力を抜く」です。しかし力を抜けばそれは「脱力」であり中国武術の禁忌の一つであります。「放」とは「置く」であり、「鬆」とは「弛む」でありますが、さらに言えば「放」は伸び広がることであり、「鬆」は型を維持することであります。厄介なのは、これで終わらず、解釈の仕方はあたかも詩を味わうかのように広がるということです。

翻訳においては、イメージの再現と、内容の正確性とでジレンマが生じることも多くありますが、中国武術や中国医学の日本語訳において、日本語の漢字に直すだけでそのまま使われることが多いのは、イメージを優先されており、解釈の幅の広さを保持するためであり、中国語のままで理解せよということなのかという気もしています。上記の例ならば「放松」という中国語は「放鬆」という日本語の漢字に置き換えられるし、その詳しい解説でもある一側面をもって断ずることは誰もが避けたいと考えるところだというわけです。以前のコラムで取り上げたことのある中国医学なら、「上火」をそのまま「上火」としてしまうようなことだろうとも思います。

ただ、これは中国武術や中国医学を学んだり研究したりする人に向けての考え方であり、一般人にこれらを紹介するなら、イメージよりも内容をわかりやすい日本語に組み直すことの方が肝心なわけで、一つの例としてでも誤解を恐れずに説明を加えなければ誰にも理解してもらえません。「放鬆とは『鬆』を『放』することだ」なんて禅問答は、武術に入門したい人にしかまじめに聞いてもらえません。翻訳家がこんな訳語をだせば二度と仕事はこなくなるでしょう。

このあたりが一字に相当深い意味をもたされているような中国語を外国語に翻訳するときの難しさであり、また面白さでもあるのだろうと思う次第です。


最終回で書きたいことが多く、まとまりの悪くなったところではありますが、これまでご愛読いただきましてありがとうございました。

 
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