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ISSライブラリー 〜講師が贈る今月の一冊〜 第64回:徳久圭先生(中国語通訳)

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先生方のおすすめする本が集まったISSライブラリー

プロの通訳者・翻訳者として活躍されているISS講師に、「人生のターニングポイントとなった本」「通訳者・翻訳者として必要な知識を身につけるために一度は読んでほしい本」「癒しや気分転換になる本」「通訳・翻訳・語学力強化のために役立つ参考書」等を、エピソードを交えてご紹介いただきます。
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今月は、中国語通訳者養成コース​​講師、徳久圭先生がご紹介する『語学で身を立てる』(猪浦道夫著, 集英社新書, 2003年)です。

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語学に対して真剣に取り組んだことのある方なら、ページをめくるたびにいちいち頷き、付箋で本が膨れ上がるはずです。そして、「そうそう!この本に書かれていることは、語学の業界ではごくごく当たり前とされていることばかりなのに、一般に広く知られていないのはなぜだろう?」としみじみ思うはず。

 

通訳者や翻訳者が業務の中でやっていること、語学を少々かじっただけで翻訳「でも」やってみようかとなる心性、いわゆる「ネイティブ信仰」の落とし穴、英語という言語の独特さ、理想的な語学習得の方法、語学の「素質」について……。二十年近くも前に出版された本ですが、内容はほとんど古びていません。それだけ語学の本質は変わらないということでしょうか。

 

特に、通訳者や翻訳者を目指して学んでいる方に向けては、かなり厳しい言葉が並んでいます。

 

「日本語の文章表現力が不足している人は、翻訳の仕事をするにあたっては手の施しようがありません。(中略)私の経験では二十五歳以上の人で、日本語の表現センスが大幅に改善された例を見ないからです。(21ページ)」

 

「外国語がどのくらい習得できるかは、日本語がどれだけできるかにかかっている、といっても過言ではありません。(56ページ)」

 

「私はしばしば二流の通訳の人が、自分の勉強している言語を母国語とする国の地理や歴史、文化などについて、あまりにも無知なのに驚くことがあります。(73ページ)」

 

「私が教えた生徒の中には、語学のセンスがとてもよいのに、この雑学の知識が非常に浅く、即戦力となれない人がかなりいます。実にもったいない、残念なことだと思います。(85ページ)」

 

いかがでしょうか。私自身、通訳や翻訳を学ぶものとして身につまされる指摘ばかりです。さらに通訳や翻訳を教える立場としても、襟を正される思いなのが、こちら。

 

「熟年になると、自分が若い頃学んだメソッド、教科書や辞書に愛着があるので、どうしてもそれにしがみつきたくなります。現代は語学教育業界も十年一昔であり、どんどん新しい理論や優れた辞書が世に出されています。このような新しい情報に常にアンテナを張って、自分の中にどんどん取り入れていくフレクシビリティが必要です。(196ページ)」

 

ああ、耳が痛い。「昔取った杵柄」に寄りかかりがちな中高年にさしかかった私にとっては、とりわけ身にしみます。でも私は、このような語学や語学教育の特性に気づくことが大切なのであって、そういう意味ではこれらを「激励」として受け止めるべきだと思いながらこの本を読みました。

 

個人的には「英語の特殊性」に関する指摘を興味深く読みました。いわく「現在の英語は他の西洋言語に比べて著しく語形変化が少なくなっている」。

 

「こうして英語は、語形変化や活用による、主語や目的語といった分の要素を明確に表す方法や、動詞の人称や数を細かく表す方法を失ってしまいました。それを補うために、語順がやかましくなり、動詞にはまめに主格人称代名詞をつけることになりましたが、全体的にはただ単語を並べているだけという印象を受けるようになります。実際、動詞の活用の複雑なラテン系言語の話し手や、ロシア語やドイツ語のような格変化が複雑な言語の話し手にとっては、特にそういう印象が強いことでしょう。(77ページ)」

 

なるほど。私はいま仕事で使っている中国語以外に趣味で(というより「ボケ防止」のために)英語とフィンランド語という全く違う体系の言語を同時に学んでいますが、これは日々うっすらと感じていたことでした。例えば一番簡単な例でいえば、英語では一人の「あなた」も複数の「あななたち」も同じ
“you”
で表しますよね。そして猪浦氏は「そうした英語の特殊性を知らずに語学学習をしているとどうなるかというと、文の構造や論理を考えられなくなってしまうのです」と述べます。

 

ここだけを抜き出すと、すぐに「そんなことはない」と反論されそうですが、確かに文を論理的にとらえ、分析するという態度は昨今の語学学習で軽視されがちな部分かもしれません。いわゆる「訳読」スタイルの学習法も昨今はずいぶん評判が悪いようです。

 

でも私はフィンランド語を学んでいるときに、この論理的な分析(主軸となる動詞はどれか、時制は何か、格は何でどこに掛かっているか、単数と複数、可算と不可算などなど……)と、その分析的な態度ないしは感覚を身につける(つまり、毎回うんうん唸って文を見つめなくてもそれが体感できる)ことがいかに大切かということを悟りました。複数の語学を学んでみると、自分が慣れ親しんでいる語学にもまた別の側面が見えてきます。

 

最後にこの本からもうひとつ、私たちに向けられた警句を。

 

「語学ができる人は、しばしば自信過剰だったり、プライドの高かったりする人が多いのですが、つまらないプライドや見栄といったものは、特にこの仕事にはマイナスに働きます。(28ページ)」

 

語学の達人と呼ばれる方ほど「自分は○○語ができる」とか「ネイティブなみ」とか「ペラペラ」などという形容はしないものです。これからも謙虚に学んで行かねばと思わせてくれる一冊でした。
 

 

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徳久 圭(とくひさ けい)

武蔵野美術大学造形学部彫刻学科卒業。出版社等に勤務後、社内通訳者等を経て、フリーランスの通訳者・翻訳者に。

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| ISSライブラリー 〜講師が贈る今月の一冊〜 | 10:00 |
ISSライブラリー 〜講師が贈る今月の一冊〜 第63回:友永晶子先生(英語通訳)

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先生方のおすすめする本が集まったISSライブラリー

プロの通訳者・翻訳者として活躍されているISS講師に、「人生のターニングポイントとなった本」「通訳者・翻訳者として必要な知識を身につけるために一度は読んでほしい本」「癒しや気分転換になる本」「通訳・翻訳・語学力強化のために役立つ参考書」等を、エピソードを交えてご紹介いただきます。
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今月は、英語通訳者養成コース​講師、友永晶子先生がご紹介する『リーチ先生』(原田マハ著, 集英社文庫, 2019年)です。

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物語を読むのが好きで、仕事上読むべき実用書よりもついつい小説に手を出してしまうのですが、こちらも、そんな一冊です。そこそこのボリューム感があり、100年前の世界をゆっくり味わい楽しむことができる包容力のある物語です。

 

手に取ったきっかけは、自分の故郷大分が登場するからという単純なものでした。
山の多い大分県でもいちばん奥まった小鹿田の里、昔ながらの技法で素朴な味わいの焼き物を作り続ける半陶半農の小さな集落・・・という大分の片田舎は物語の導入だけで、話は明治後期の横浜から東京、そして英国セント・アイヴスへ、時と場所を超えて読者を民藝の世界へ誘います。

 

タイトルの「リーチ先生」ことバーナード・リーチをはじめ、柳宗悦や濱田庄司など、20世紀前半に活躍した思想家や芸術家たちが若い情熱を注いで陶芸の文化を花開かせる道のりを追う、これは基本的には伝記的小説です。明治から大正にかけての世の中の動きや、当時の芸術のスピリットを学ぶことのできる、良質の美術史解説とも言えるでしょう。美術に詳しくない私のような読者でも話の展開に沿って陶芸への理解が進むようにできています。

 

ストーリーは、リーチの助手・亀乃介の視点を中心に語られます。白樺派の他の登場人物と違って、天涯孤独、学歴・知識が浅い中、周りの芸術家たちの感性や生き方に対して、素直に謙虚に誠実に感動し、成長してゆきます。これが美しい物語になっているのはこの亀ちゃんの純粋すぎるくらいのキャラクターに負うところが大きいのですが、実はこの人物は実在しないフィクションなのです。途中で知って、思わず「えっ?この人だけウソなの?」と信じられない気持ちで、登場人物を改めて検索して確認して・・・という作業を思わずやってしまったのは、多分私だけではないはず。架空の人物を動かして史実の描写の鮮やかさを際立たせる、というのがこの作者の得意技で、他の作品も、どこまで史実でどこからフィクションか、考えながら読むのもひとつの楽しみ方だと言われたりもします。でも、虚実はさておき、物語として、伸びやかで魅力的なのは確実です。

 

リーチや柳の大切にする価値観として民藝の無名性が語られます。東洋と西洋の架け橋を目指しして来日し、無名の職人の手による器に用の美を見出したリーチ、それに答えて「名もなき花」の生き方を選ぶ亀乃介。二人の交流のきっかけは、亀乃介がリーチの通訳を務めたことでした。子供の時に横浜で外国人が集まる食堂で働いていたことで英語での会話に困らない、という設定なのですが、リーチの元で陶芸を学び、英語もさらに磨く勉強熱心なその姿は、見習うべきだなとしみじみ思います。名もなき花として丁寧な仕事をするというのは、通訳のしごとに通じるのではないか、とこじつけたところで、おしまいにいたします。よかったらどうぞご一読ください。

 

 

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友永 晶子(ともなが しょうこ)

大阪外国語大学を卒業後、国内メーカー勤務を経て外資系企業で秘書を務める。その後、アメリカ人上司からの依頼で、通訳・翻訳の仕事を始め、さらに在学中からISS通訳グループのOJTでも通訳の経験を積む。現在はフリーランス通訳者として稼働中。

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| ISSライブラリー 〜講師が贈る今月の一冊〜 | 10:00 |
ISSライブラリー 〜講師が贈る今月の一冊〜 第62回:目黒智之先生(英語翻訳)

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先生方のおすすめする本が集まったISSライブラリー

プロの通訳者・翻訳者として活躍されているISS講師に、「人生のターニングポイントとなった本」「通訳者・翻訳者として必要な知識を身につけるために一度は読んでほしい本」「癒しや気分転換になる本」「通訳・翻訳・語学力強化のために役立つ参考書」等を、エピソードを交えてご紹介いただきます。
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今月は、英語翻訳者養成コース​講師、目黒智之先生がご紹介する『わかったつもり 読解力がつかない本当の原因』(西林克彦著, 光文社新書, 2005年)です。

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日英翻訳を主なフィールドとするフリーランス翻訳者になり20年近くが経ちました。アイ・エス・エス・インスティテュートで教鞭を執るようになってからも丸10年。経験豊かな翻訳者のはずです。それでも、入稿したての原稿を一読しただけでは、その翻訳が難しいのか、楽なのかの見極めは今なお難しく感じます。同じことを、師と仰いだ文芸翻訳の大御所からも、本校の受講生の方々からも聞きます。


「やってみたら、思っていたより難しかった」

 

内容も理解している。文章構成も、原稿の用途も、執筆者も想定読者も把握している。それでも、キーボードを叩く指がピタリと止まる。


これが文章を読むとき、とりわけ母語で文章を読むときに陥りやすい、「わかったつもり」という状態です。「わからない」のではなく「わかった」状態だからこそ、浅いわかり方から抜け出すことが困難になるのだと本書は指摘します。

 

日常生活では、この「なんとなくわかった」状態で物事が進むことも稀ではありません。本校の受講生の方々も、TOEICや英検で優秀な成績を挙げているにもかかわらず、「なんとなくわかった」まま英語に訳してくることがあります。英語ができないのではなく、原文を読み切れていないケースがほとんどです。もう一歩深く、原稿を理解したいものです。

 

主語や目的語がなくても成立してしまうのが日本語です。ビジネス文書だと執筆者も文章の達人とは限りません。社内用語だらけの文章も珍しくない。それでも、母語で十分に理解していないものを、外国語で表現する。これは無謀です。

 

本書は日英翻訳の立場から言えば、母語である日本語の読み込みを深める上で有益な一冊です。さまざまな「わかったつもり」を分類し、それぞれの原因、対処法を示しつつ、文章を深く読むのに必要な姿勢、ものの見方を身に付けるヒントを与えてくれます。

 

例文は小学生の国語の教科書など(一見すると)平易な文章ばかりですが、自分がいかに「なんとなくわかった」だけで読んだ気になっているかを思い知らせてくれる本です。なるほどと思わせてくれると同時に、文章を深く理解しようと努めつつ読むので、疲れる本です。しかし、ここで改めて、母語である日本語との向き合い方も見直してみてはどうでしょう。高い外国語能力をお持ちの方が増えていますが、その能力をさらに活かす一助になることと思います。
 

 

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目黒 智之(めぐろ ともゆき)

神戸大学大学院経済学研究科修士課程修了。アイ・エス・エス・インスティテュート英語翻訳者養成コースを経てフリーランス翻訳者に。専門は財務・IR、労使関係、社会科学全般。現在はフリーランス翻訳者として官公庁や新聞社、出版社などから依頼される日英・英日翻訳業務に携わる。

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| ISSライブラリー 〜講師が贈る今月の一冊〜 | 13:21 |
ISSライブラリー 〜講師が贈る今月の一冊〜 第61回:本島玲子先生(中国語翻訳)

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先生方のおすすめする本が集まったISSライブラリー

プロの通訳者・翻訳者として活躍されているISS講師に、「人生のターニングポイントとなった本」「通訳者・翻訳者として必要な知識を身につけるために一度は読んでほしい本」「癒しや気分転換になる本」「通訳・翻訳・語学力強化のために役立つ参考書」等を、エピソードを交えてご紹介いただきます。
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今月は、中国語翻訳者養成コース講師、本島玲子先生がご紹介する『伊勢物語』(大津有一(校注), 岩波文庫, 1964年)です。

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コロナ禍で家にいる時間が長くなり、個人的にここ1年、かなり昔に読んだ本などを再度引っ張り出して読むことも多くなりました。
そして、ここ何か月か読みあさっているのが『伊勢物語』関連の書籍です。

 

『伊勢物語』は歌物語と言われるもので、平安時代に書かれた作品です。高校の教科書にも採用されていますし、皆さんもどこかで目にしたことがあるかもしれませんね。

 

私自身も大学では古典文学を専攻していたので、昔からかなり読み込んではいましたが、久しぶりに読んでみると新しい発見も多く、既に知っている物語という感覚ではなく新鮮な気持ちで読んでいます。

 

お恥ずかしい話ですが、高校生の頃は『伊勢物語』の和歌を読んでも特に心を動かされることもなく、在原業平の恋愛話ぐらいの印象しか持っていなかった気がします。
大学で更に深く学んでいくうちに、『伊勢物語』がそのあとの『源氏物語』にどのような影響を及ぼしたか、そして在原業平の和歌の素晴らしさなどを知ることになるのですが、やはり年齢のせいでしょうか、若い時に読んだ印象とは全く違って、和歌の内容に改めて感動することも多く、今までにないくらい引き込まれています。

 

和歌は31文字(五七五七七)で表現されますが、この限られた文字数に込められた意味の大きさを考えると、昔の人はこの文字数でお互いの気持ちのやり取りができていたのかと感心します。
現代で考えると、メールなどが31文字(五七五七七)しか使えないとなったら、きっとお互いの細かいニュアンスなどを伝えきることも難しくて、人間関係に支障をきたすと思います(笑)
そう考えると、昔の人はたったの31文字でも行間を読むということに長けていて、言葉に対しての感覚もかなり鋭かったのではないかという印象を持っています。

 

そして更に『伊勢物語』については既に色々な方が解釈本を出されているので、その解釈の違いなども比べてみたくて新たに関連書籍を購入したり、最近は久しぶりに本の虫と化しています。そしてこの読み比べる作業、実は翻訳の勉強をしていた頃の感覚に少し似ています。

 

『伊勢物語』の文章を「原文」、口語訳を「訳文」と考えるとイメージしやすいかもしれません。
訳す人によって表現が違うのは当たり前ですが、そういうところを比べながら読むのもすごく勉強になりますし、私が翻訳の勉強をしていた頃、ひとつの作品を複数の翻訳者が訳していたものを読み、ニュアンスの違いなどを比較するのがとても勉強になったのを覚えています。

 

ここで無理やり翻訳と結びつけようとしているわけではありませんが、『伊勢物語』の解釈本を読み比べるだけでも日本語のバリエーションが色々と見て取れますし、こういうことの積み重ねも自分の日本語の勉強になっているような気がします。

 

ふだんは中国語の翻訳の仕事をしているので古典文学とは無縁のように思えますが、古典文学を味わうことで日本語の奥深さに改めて触れることも多いので、今の仕事をしている限り、日本語の感覚を日々磨いていかなければならないという点では、こういうジャンルを読むのも無駄ではないかな、と思っています。

 

古典文学はちょっと…となかなか手が出ないという人も多いと思いますが、現代語訳になっているもの、更には漫画になっているものもあるので、時にはこのようなジャンルに手を伸ばしてみてはいかがでしょうか。

 

 

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本島 玲子(もとじま れいこ)

國學院大學文学部文学科卒業。大学卒業後、高校で国語科教師として教壇に立ち、その後、翻訳者に。実務翻訳、映像翻訳など。日本語教師の経験もあり。
アイ・エス・エス・インスティテュートでは中国語翻訳者養成コース「本科1」を担当。
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| ISSライブラリー 〜講師が贈る今月の一冊〜 | 10:00 |
ISSライブラリー 〜講師が贈る今月の一冊〜 第60回:橋本和美先生(英語通訳)

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先生方のおすすめする本が集まったISSライブラリー

プロの通訳者・翻訳者として活躍されているISS講師に、「人生のターニングポイントとなった本」「通訳者・翻訳者として必要な知識を身につけるために一度は読んでほしい本」「癒しや気分転換になる本」「通訳・翻訳・語学力強化のために役立つ参考書」等を、エピソードを交えてご紹介いただきます。
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今月は、英語通訳者養成コース講師、橋本和美先生がご紹介する『予祝のススメ 前祝いの法則』(ひすいこたろう、大嶋啓介著, フォレスト出版)です。

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まずは、著者の紹介から始めたいと思います。

 

「今日という日は、昨日亡くなった人が、どうしても、何としてでも迎えたかった日なんです。」

 

ひすいこたろうさんの言葉です。講演会で、ご本人の口からこの言葉を聞いたとき、衝撃を受けました。こんな風に今日という日を捉えたことがなかったため、切り口が新鮮だったということもありますが、それよりも何よりも強く思ったのは、言葉は圧倒的な力を持つんだなということでした。ひすいさんは初めから言葉に長けていたわけではなく、実際にはその逆でした。極度の人見知りで赤面症のひすいさんは、何とか拾ってもらった会社で就いた仕事が営業職。当然、全然売れない。これではまずいと、商品紹介文を毎日書いて、Faxで客先に送る営業スタイルに切り替えたところ、客先から呼ばれるようになり、少しずつ売れるようになったそうです。そして、「書くこと」に目覚め、今や、それを生業としています。人前でなんてしゃべるのは到底無理だったのに、講演会で大勢の前で話をするようになりました。それは、ひすいさんが日本古来の願いをかなえるための引き寄せの方法、「予祝(ヨシュク)」を見つけ、実践したからなんです。予祝とは何か?何と!お花見こそが予祝だったんです。春に咲く「桜」を、秋の「稲」の実りに見立てて、お酒を飲みながら先に喜んでお祝いすることで願いを引き寄せようとしていたわけなんです。この予祝の話を聞いた、もう一人の著者の大嶋啓介さんが、経営する居酒屋の朝礼に予祝を取り入れたところ、居酒屋が大成功し、朝礼の方法が話題になりました。予祝を広める活動を開始し、感動した小学校の先生が運動会前に自分のクラスで予祝をしたら…!!ある高校の野球部が試合前に予祝したら…!!というように、実際にあった予祝のストーリーがこの本で紹介されています。それだけだと、たまたまそういう結果になっただけなんじゃないかと思ってしまうかもしれないのですが、なぜ予祝が奇跡を起こすのか?原理も説明されています。そして、予祝のやり方もたくさん紹介されています。その一つが、予祝インタビューというもので、願いが叶ったという前提で友達とインタビューし合います。インタビュアー役の人に参考になる質問例も載っています。プロ野球の試合の後、勝利投手がよくインタビューされますが、あんな感じで質問をぶつけていきます。私も友達と2年くらい前にやってみました。
この友人はセロトニン活性療法の施術者で、予祝インタビューをしたときは、開院準備をしていた頃だったかと思います。

私:「夢が実現されたということですが、成功の要因は何だったんでしょうか?」

友達:「雑誌の取材を受けまして、それがきっかけで患者さんが来てくれるようになったんです!」

この後どうなったと思いますか?1年半以上経って、予祝インタビューをしたことなんかすっかり忘れていた頃、施術院に一本の電話がかかってきました。誰もが知っている大手ファッション雑誌の不眠に悩むライターさんからでした。セロトニン療法を体験して記事にしたいと。よくある有料の広告記事かと期待しなかったそうですが、取材を受けることにしました。その記者さんのセロトニン施術体験談は無事採用され、特集記事の一つとなったのです。それを読んだ読者さんは治療の効果を実感し、今でも通ってくれているそうです。

是非皆さんも、日本古来の予祝を面白がってやってみてください。
言葉の力を知っているひすいさんが書いたこの本を読むだけでもほっこりとした気持ちになること請け合いです。

 

 

 

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橋本和美(はしもとかずみ)

大学では社会言語学を専攻。船会社に勤めた後、留学のため渡米。アメリカの日系自動車会社で通訳の仕事を始め、帰国後、主に、IT、自動車、医療機器分野で通訳者として稼働経験を持つ。
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| ISSライブラリー 〜講師が贈る今月の一冊〜 | 09:00 |
ISSライブラリー 〜講師が贈る今月の一冊〜 第59回:宮坂聖一先生(英語翻訳)

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先生方のおすすめする本が集まったISSライブラリー

プロの通訳者・翻訳者として活躍されているISS講師に、「人生のターニングポイントとなった本」「通訳者・翻訳者として必要な知識を身につけるために一度は読んでほしい本」「癒しや気分転換になる本」「通訳・翻訳・語学力強化のために役立つ参考書」等を、エピソードを交えてご紹介いただきます。
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今月は、英語翻訳者養成コース講師、宮坂聖一先生がご紹介する『2』(野崎まど著, メディアワークス文庫, 2014年)です。

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英語が好きで音楽が好きだった。うちは貧乏だったんだが、中学に入るにあたり、ラジオ講座をやるということで、安いラジオ付きカセット・プレイヤーを買ってもらった。それでFEN(Far East Network、現在のAFRTS、駐米軍放送局)の「Opinion」(大丈夫だ、何を言っているのかは一言も分からなかった)とか、Charlie Tunaの番組('16年に亡くなったそうだ、合掌)なんかをとりあえず流していて、(英語の真面目な番組の方ではなく)イージー・リスニングとかポップスとかに関心を持つようになった。最初に買った(買ってもらった)LPは、ソニーの通販で売っていた映画音楽大全集だったが、その頃からストリングスが大好きで、それが高じてメロトロン(楽器の名前、どういうものかは検索すること)にはまり、洋楽にはまり、プログレにはまりという転落の道を歩んだわけだ。(また当時はFMでLPまるごと放送などというのもあって、ずいぶんエアチェックしたものである。後年、RETURN TO FOREVERの「Romantic Warrior」やWEATHER REPORTの「Heavy Weather」を聴いてフュージョン(当時の呼び名はクロスオーバー)にドハマリしたのもそのおかげである。)

 

大学では英語を専攻し(といっても、「宮坂、お前の英語は絶望だ」と先輩から宣言されるほどできなかった)、それでも一応留学して(でもやってたのはフランス語)、帰国してから(実際の実力にかかわらず)当時はまだ英語ができるというだけで就職に有利だったメーカーに入ることができた。そこで海外関係の仕事をしていて、英語や技術の実務を学ぶことができたが、いろいろあって鬱になり、会社をやめて、縁があって実務翻訳という仕事(いや、他に翻訳学校講師とか音楽評論家とかもあるんだけどさ)をやるようになった。

 

ここで問題です。そうするとどういう悲劇が待っているでしょうか。

 

答え:趣味が仕事になったため、心から楽しめなくなる。

 

もともとペーパーバックでミステリーを読むのが好きだった。だが、翻訳が仕事になってから、PBを読んでいると、頭の中で翻訳を始めちゃうんだわ。どうしても、この文章はどう訳そうかとか、この単語どういう意味だったっけとか考えてしまう。こうして大好きな英語での読書は仕事脳に侵略されてしまった。(ちなみに英語の番組を見ていると通訳モード(いや、別に同通ができるわけじゃないんだが)になったりする。)

 

ちなみに音楽の方は評論家の仕事を始めた時点で、こちらも純粋に楽しめなくなった。聴いている曲のレビューを始めちゃうんだな、頭が。「〜年に結成されたXXは、もともとはYYの影響下に合ったが…」みたいな。だからこの仕事をやめるまで、唯一絶対に仕事が来ないと確信が持てるジャンルがア・イ・ド・ル。なので、Hello! Project(ハロプロ)のDVDやらBlu-rayを見ているときだけは心から楽しめる。ちなみに好きなのは佐藤優樹ちゃん(まーちゃん)。(あとほのぴとか、ももひめとか、やふぞうとか、りんちゃんとか、わかなちゃんとか…DDなので。)

 

話を読書に戻すと、専門書とかノンフィクション系については、日本語でも基本的に英訳し始めてしまうという問題を抱えてしまった。要するに仕事に関係する(あるいはその可能性がちょっとでもある)場合には、機械的に翻訳を始めてしまう。はて、困った。では絶対に仕事に関わることのない書籍の分野は何なのだ? そんなものがあるのか? (ちなみに昔、マンガ関係の英訳とかゲームの英訳もやっていたことがあるので、そっちもあかん。)

 

いや、あった。

 

ラノベである。

 

考えずに読めて、絶対仕事になる心配もない。ここでようやく本題に入る。もともと学生の頃に新井素子とか氷室冴子とかを読んでいた(いや、クラッシャー・ジョーとかダーティ・ペアだって読んでたぞ)という素地はあったことは認めよう。そして久しぶりに読んだのは『涼宮ハルヒの憂鬱』だが、このジャンルに再びはまるきっかけになったのは、成田良悟のバッカーノ・シリーズ。以降、多分千冊のオーダーでラノベを読んできたと思うが、本当に脱帽した作品というのは数少なく、その一つが今回とりあげる『2』である。これは

 

『[映] アムリタ』
『舞面真面とお面の女』
『死なない生徒殺人事件 〜識別組子とさまよえる不死〜』
『小説家の作り方』
『パーフェクトフレンド』
『2』

 

で構成されるシリーズだが、個々の作品はそれぞれ独立した内容となっている。ただし『[映] アムリタ』を最初に、『2』を最後に読んでほしい。約束だよ。それぞれは青春ものだったり、吸血鬼ものだったり、読んでいるとお互いに何の関わりもないように思えるのだが、これが『2』で収束する。すべての伏線が回収され、最後の一行に結実する。これ以上はネタバレになるので、とにかく6冊すべて(できれば刊行順で)読んでいただきたいのだが、もちろん過去の作品からの影響はあるにせよ、物語の魅力がここまで詰まっている作品はあまり読んだことがない。今は電子書籍にもなっているので、入手も簡単だと思う。ライトノベルはいま最も創造的な分野の一つだろうと個人的に考えている。(もちろん駄作も山程だが。)野崎まどを読んだ、そこの君かあなた。

 

ラノベの沼へようこそ!

 

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宮坂 聖一(みやさか せいいち)

株式会社ハマーン・テクノロジー代表取締役。コンピュータマニュアル、A/V機器などのテクニカルなものから、政治経済、映画台本、歌詞対訳まで、硬軟問わず幅広く手がける。アイ・エス・エス・インスティテュートでは、英語翻訳者養成コース、総合翻訳科「実践実務科」クラスを担当。

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| ISSライブラリー 〜講師が贈る今月の一冊〜 | 10:00 |
ISSライブラリー 〜講師が贈る今月の一冊〜 第58回:和田泰治先生(英語通訳)

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先生方のおすすめする本が集まったISSライブラリー

プロの通訳者・翻訳者として活躍されているISS講師に、「人生のターニングポイントとなった本」「通訳者・翻訳者として必要な知識を身につけるために一度は読んでほしい本」「癒しや気分転換になる本」「通訳・翻訳・語学力強化のために役立つ参考書」等を、エピソードを交えてご紹介いただきます。
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今月は、英語通訳コース講師、和田泰治先生ご紹介する  「Twelve Angry Men」(Reginald Rose著)  です。

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学生の頃から続けている英語の学習法として、「英会話テキストの丸暗記」がある。センテンス単位のストックボキャブラリーを蓄積することが目的で、しっかり声を出して覚えることを繰り返す。この時に、単に暗記するだけではなく、できるだけ登場人物になりきって話すようにする。大袈裟に言えば”dramatization”だ。そのうちに、英会話のテキストだけでなく、映画やドラマのシナリオを使って勉強するようになった。と言っても特段大したことではなく、シナリオを音読するだけで、役者のように動きを交えて演技をしようというわけではない。ただ、できるだけ登場人物になりきり、感情を込めて発話するようには心掛ける。嬉しい、悲しい、怒っている、戸惑っている・・・・それぞれの台詞の内にある気持ちを考えながら声に出すことによって言葉の感覚を自分の体の中に染み込ませることができるのではないか、そんなつもりでやっている。英会話のテキストだけでは、当然のことながらドラマチックな展開はないし、己をさらけ出してぶつかり合うとか、涙を湛えるほど感情が高ぶる台詞や愛を語り合うなんてこともない。だから時々こうしてシナリオの音読をしては、英会話のテキストとは全く違った世界を味わっている。

 

さて、そんなシナリオ音読に挑戦するために、大昔、初めて買った本が、この”Twelve Angry Men”だ。邦題は「十二人の怒れる男」。もともとは1950年代の戯曲で、テレビドラマ化、映画化もされた。映画版はシドニー・ルメット監督、ヘンリー・フォンダ主演の名作である。ストーリーは法廷劇であり、サスペンスドラマだ。父親殺害の罪で起訴された少年を裁くことになった12人の陪審員の議論が、真夏のうだるような暑さの中、評議室の中で繰り広げられる。12人は、陪審員何番という番号でのみ語られるが、それぞれに生い立ちや現在の境遇などの事情がある。性格も千差万別で、沈着冷静かつ正義感には熱い主人公を中心に、とにかく中立の立場をつらぬいてこの場をまとめようと必死に務める生真面目な陪審員長、気弱だが誠実な男性、被告に対して差別的とも思える嫌悪を抱く気性の荒い中年の男、裁判などには全く無関心で、とにかくこんな一文の得にもならないことなど早く切り上げたいという態度が露骨なビジネスマン、自分自身の複雑な生い立ちと事件との間で揺れ動く移民の男性など、登場人物それぞれの個性が衝突、融合しながらストーリーが進行してゆく。

 

ボリュームはペーパーバックで60ページくらいなので、読むだけなら一日で読み通せてしまう分量である。英語も口語でわかりやすい。設定が評議室の中での議論のみで構成されているので、座って読んでいるだけでも少しは役者になって実際にお芝居をしているような感覚を味わえる。結末はネタバレになってしまうのでここでは伏せておくが、陪審員制度や刑事司法の根幹を考えるうえでも秀逸な作品だと思う。
時々本を引っ張り出しては通して音読し、映画のDVDを見てはまた音読するということをやっている。

 

これ以外に持っているシナリオ本は映画が多い。眺めてみると、英語学習者用の解説でよく引き合いに出される作品の「ローマの休日」とか「カサブランカ」、「風と共に去りぬ」などもあるが、「ウエストサイド物語」や「サウンドオブミュージック」、「ゴッドファーザー」などは映画や舞台を何回も観ているのでシナリオの音読は学習を超えた楽しさがある。

 

他の戯曲で実際に声に出して何度か音読を試みているのが、アガサ・クリスティーの “The Mousetrap”だ。こちらもサスペンスだが、”Twelve Angry Men”とはかなり趣が異なる。泊り客が吹雪で山荘に閉じ込められ・・・・という閉ざされた空間の設定なので、これも音読だけでかなり役者になった気分を味わえる。1952年の初演からなんと2万8千回以上という上演回数を記録していることでも有名だが、やはり昨年は新型コロナウイルスの影響で連続上演記録が一旦ストップしたらしい。

 

語学の学習方法は無数にあるが、通訳者のように言葉を発話してコミュニケーションをする者にとって、様々な人物になりきり、感情を込めて台詞を喋る映画や演劇を経験することは “delivery”を磨くための最高の手法ではないかと以前から確信している。とはいえ「劇団に入って実際に演劇を」というわけにもゆかない。ということで、時折こっそりと自室で独り芝居に興じている。誰にも文句を言わせずに、グレゴリー・ペックやハンフリー・ボガートになっては悦に入っているわけである。もちろんラブシーンではオードリー・ヘップバーンやイングリッド・バーグマンも自ら演じなければならないのだが・・・・・。

 

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和田 泰治(わだ やすじ)
明治大学文学部卒業後、旅行会社、マーケティングリサーチ会社、広告会社での勤務を経て1995年よりプロ通訳者として稼働開始。スポーツメーカー、通信システムインテグレーター、保険会社などで社内通訳者として勤務後、現在はフリーランスの通訳者として活躍中。

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| ISSライブラリー 〜講師が贈る今月の一冊〜 | 10:00 |
ISSライブラリー 〜講師が贈る今月の一冊〜 第57回:村瀬隆宗先生(英語翻訳)

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先生方のおすすめする本が集まったISSライブラリー

プロの通訳者・翻訳者として活躍されているISS講師に、「人生のターニングポイントとなった本」「通訳者・翻訳者として必要な知識を身につけるために一度は読んでほしい本」「癒しや気分転換になる本」「通訳・翻訳・語学力強化のために役立つ参考書」等を、エピソードを交えてご紹介いただきます。
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今月は、英語翻訳コース講師、村瀬隆宗先生ご紹介する Death(Shelly Kagan著, Yale University Press, 2012年) です。

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去年は受験生の息子と一緒に世界史と倫理を一通り学びました。「勉強ガンバレ」と人に言うなら、自分も勉強すべきではないかと思いまして。それに何事にも「体幹」が必要。つまり、情報だらけの時代だからこそ、ブレない思考を持つには基礎学力の強化が大切です。予備校などのオンライン授業を一緒に受けられた、というのもあります。

 

実用という意味では、世界史の知識はコロナ後の通訳ガイド業で、日本の歴史を世界史の文脈の中で説明するという形で生きることでしょう。だけど倫理はどうなんだろう、と我ながら思いました。ところが今、哲学が少しだけ絡む書籍を翻訳しています。そうなんです!人と話したこと、テレビで聞いたこと、ネットで調べたこと、すべてがいつか訳に立つ、いや役に立つ(かもしれない)。翻訳業とはそういうものです。

 

せっかく身に着けた高校倫理の知識を生かして読んでみようと思ったのが、今回紹介する『Death』です。日本では邦訳書『「死」とは何か』(文響社)がベストセラーになりました。人は死ぬとどうなるのか。誰もが興味を持つ一方で敬遠しがちなこのテーマについて、科学ではなく宗教でもなく哲学の観点から考察する本です。

 

と言うと、相当難しそうだと思われるかもしれません。私も身構えて読み始めました。ところが、これが非常に読みやすいんです。本校の英語翻訳者養成コース基礎科で学ばれている方なら十分に読めるでしょうし、本科の方なら邦訳書より速く読めるはずです。抽象的な観念や入り組んだ思考も、平易なライティングで十分に伝えられる。それを確認することもできます。

 

イェール大学で教える著者のシェリー・ケーガン教授は、「soul(霊魂)は存在しない」、だから死んだらすべてジ・エンド、という自らの立場を冒頭で明らかにしています。その上で反論をひとつひとつつぶしながら論証しつつ、死の意味、そして生きる意味を哲学者として説いていきます。倫理で学んだことも出てきましたが、そういう知識を前提とせず、時にクドいと感じるほどかみ砕いて論理を展開しています。

 

しかし私は、この本については特に、きめ細かい論理展開の中に穴を見つけ出そうとしながら読みました。霊能者の故宜保愛子さんの大ファンで、霊能犬ゼロが活躍する漫画『うしろの百太郎』が大好きだった自分としては、soulが存在しないと大変困るのです。

 

それに、学び続けている英語や翻訳が「死んだら全部無になる」と考えるとむなしい気もします。そんな自分の考えに影響するほどケーガン教授の論調は説得力を持っていますが、死後の世界を信じたいロマンチストにとっては、批判的思考のトレーニングにも役立つ本と言えるでしょう。

 

そして翻訳学習者または翻訳者として大事なのは「これ、自分ならどう訳すだろう?」と時に考えながら読む姿勢です。例えばこんな文がよく出てきます。

 

Might I survive my death?

 

何となく意味を理解するだけなら高校生でもできそうですが、訳すとなるとなかなか難しくないでしょうか?surviveに辞書的な訳を充てても、うまくいきそうにありません。繰り返し出てくるキーセンテンスなので、訳の簡潔性も求められます。「死後の世界はあるか?」という訳も文脈によってはあり得ますが、この本ではまさにそれについての説明の中で出てきているので、もっと具体的に訳す必要があります。

 

こんな文に出逢ったらマーカーを引いて自分で考えてみて、あとで邦訳書の柴田裕之先生の訳と比べてみるのも面白いですよね。この文の私の訳ですか?そうですね、まず皆さんに考えてもらいたいので、学校やオンライン授業でお会いしたときに、お互い披露し合うことにしましょうか。

 

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村瀬 隆宗(むらせ たかむね)

慶應義塾大学商学部卒業。スポーツ、金融・経済、工業系を中心に産業翻訳から映像翻訳、出版翻訳までこなし、20年以上4人+1匹家族を養う。通訳ガイドとしても稼働中。

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ISSライブラリー 〜講師が贈る今月の一冊〜 <バックナンバー 第51回〜>

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改めてふりかえって読んでいただくと、また新たな発見があるはずです。

再読しやすいようにIndexを作成しましたので、再読の際にご活用ください。

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ISSライブラリー 〜講師が贈る今月の一冊〜 第56回:張意意先生(中国語ビジネスコミュニケーション)

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今月は、中国語ビジネスコミュニケーションコース講師、張意意先生がご紹介する 論語 です。

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新年好。今年も一緒に楽しく勉強し、充実した時間を過ごしましょう。どうぞ、よろしくお願いいたします。

 

今回お勧めしたい一冊は『論語』です。

 

なぜ今更、「論語」なのでしょうか。紹介しなくても知らない人はいないでしょう。しかし、知っている、読んだことがあるにもかかわらず、すらすらと口にできる文はいくつあるでしょうか。翻訳や通訳の仕事をこなすために、できるだけたくさん覚えられるよう、手元に置いて繰り返し読みたい一冊です。

 

小松達也氏通訳の英語 日本語には、「英語で引用されることが最も多いのは、シェークスピアと聖書である。ところが日本人の引用で断然多いのは中国の古典、特に『論語』だ。」と書かれています。日英訳において難点として指摘された中国古典の部分は、日中訳においても同じであり、さらに重要視しなければなりません。というのは、中国の古典については、日本語も英語も中国語からの訳文で、同じ意味で違う単語を使って表現するのは許されますが、原文である中国語の場合は、書かれたまま言えないと、格好が悪いからです。

 

例えば、日英訳の場合、「信なくば立たず」を「信用がなければ何事も成就しない」或いは「信念がなければ行動をおこさない」と展開することはできても、中国語では「無信不立」しかありません。もちろん、話し手がこの言葉を使う意図を説明した場合に、その説明を訳すことはまた別の話になりますが。

 

古文を覚えるのは一苦労かもしれませんが、それでも時間をかけて、何回も読みなおして覚える価値があると思います。『論語』の思想は中国人の日常生活にはもちろんのこと、日本人の生活にも溶け込んでおり、国際交流、ビジネス商談など、さまざまなシーンで引用されます。いろいろなレセプションで「有朋自遠方来不亦楽乎」(朋あり遠方より来る、また楽しからずや)がよく使われているのはその一例です。

 

数多くある論語の中国語現代語訳の中でも、斎藤孝著現代語訳 論語(ちくま新書)Penguin Classicsの英語版論語「Confucius: The Analects」などは簡単に手に入りますので、違うバージョンを比べて読むことで自分の理解を深めるのも面白いです。しかし、簡単に現代人が理解できるよう、各著者により加味され覚えやすい反面、元の意味といささかのずれが生じる可能性があります。また、くだけた訳文だと、意味が正確でも、簡潔で奥深い古典の魅力、格式高いニュアンスが反映されません。そこで、現代語訳や説明文を覚えるのではなく、原文を覚えることも大事だと思います。

 

くどくなるようですが、ぜひ原文がすらすらでてくるよう(脱口而出)、繰り返し読みましょう。

 

 

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張 意意

ビジネスコンサルタント。中国北京外国語学院卒業。証券会社を経て、現在、コンサルティング会社経営。現役通訳者、翻訳者としても活躍中。

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