通訳・翻訳養成学校のISSインスティテュートでは、キャリアにつながるプロの語学力を養成します。

ISSスクールブログ

アイ・エス・エス・インスティテュートが運営しています。


ISSライブラリー 〜講師が贈る今月の一冊〜 第40回:小宗睦美先生(英語通訳)

library.png

先生方のおすすめする本が集まったISSライブラリー
プロの通訳者・翻訳者として活躍されているISS講師に、「人生のターニングポイントとなった本」「通訳者・翻訳者として必要な知識を身につけるために一度は読んでほしい本」「癒しや気分転換になる本」「通訳・翻訳・語学力強化のために役立つ参考書」等を、エピソードを交えてご紹介いただきます。
-------------------------------------------------------------------

今月の一冊は、英語通訳者養成コース講師、小宗睦美先生ご紹介の「丹野智文 笑顔で生きる 認知症とともに」(丹野智文著, 2017年, 文藝春秋)です

-------------------------------------------------------------------

 

「通訳の仕事をしていて良かったと思う瞬間は?」と聞かれることがあります。通訳の内容はその時々で違いますが、私にとってそう思う瞬間はいつも同じです。自分がその場にいることで誰かの役に立ったと思えたとき、そして通訳をしたおかげで新しい世界に出会えたとき、そんなときに「通訳をしていて良かった!」と思います。

 

今回は、ある通訳の仕事を通じて私が出会った新しい世界、そして、その世界を私に教えてくれた人の本をご紹介します。

 

今から3年前、知人を通じてテレビ局のプロデューサーの方から通訳の依頼がありました。話を聞くと、若年性認知症の当事者である「丹野智文さん」と、丹野さんと一緒に認知症当事者を支える活動をしている人たちがスコットランドを訪問し、現地の認知症当事者と出会う旅をする、その旅の同行通訳を探しているとのこと。また旅の模様は特集番組として放送されるとも聞きました。

 

「これは面白そう!」と二つ返事で引き受けはしたものの、それまで私は「認知症」と聞いても、お年寄りの病気で、物忘れがひどくなり、徘徊する、寝たきりになる、両親がそんな風になったら困る…程度の認識しかありませんでした。

 

スコットランドの旅の主人公、丹野さんは2013年に39歳の若さで認知症と診断され、私が初めてお会いした3年前は42歳、明るく笑顔が素敵なイケメンで、とても認知症の本人(当事者と一般的には呼んでおり、患者という言葉は使いません。理由は本でも説明されています)だとは思えませんでした。丹野さんは認知症の診断後も仕事を続けながら、「認知症とともに生きる」にはどうすればよいのかを考え、認知症当事者がどのようにサポートしてもらいたいのか、どうすれば認知症になっても元気に明るく生きていけるのか、講演も含め幅広い活動を行っています。

 

認知症と言えば、「暗い」「大変そう」「自分とは関係のないこと、でも家族がなってしまったら介護はどうすれば?」というのが当時の私も含めた一般的な受け止め方で、「介護する側」の立場から見ていることがほとんどだと思います。私は丹野さんと出会い、またスコットランドの旅に同行することで、認知症当事者は一方的に介護されるだけの存在ではない、何もできない人ではない、適切なサポートがあれば社会の中で生き生きと活動できるということを知りました。

 

認知症は誰がなってもおかしくない、そうなったときに少しでも安心して暮らせる社会にするにはどうすればよいのか、通訳として当事者や、また当事者をサポートする人たちと出会う中で、深く考えさせられました。

 

今回ご紹介する「丹野智文 笑顔で生きる 認知症とともに」はスコットランドの旅の1年後に出版され、丹野さんが自分の言葉で、認知症と診断されてからどのように感じてきたのか、物忘れを補うためにどんな工夫をしているのか、どんな思いで認知症当事者を知ってもらう活動をしているのか、そしてスコットランドでの旅について語った内容をまとめた本です。重いテーマではありますが、決して暗くはなく、読むたびに元気づけられます。

 

元来、根が怠け者の私は決して好奇心キラキラというタイプではありません。新たな分野の仕事を引き受けた時は億劫に思うことも正直あります。でも、仕事を通じて「半ば強制的に」学んでいくことで、段々とその分野に興味が出て、「なるほど、そういうことだったのか!」と腑に落ちたり、また、今回のように深い気付きを得ることがあったりもします。通訳という仕事は、怠け者で視野の狭い私に新たな世界を広げてくれる実にありがたい仕事なのです。

 

 

-------------------------------------------------------------------

小宗 睦美(こむね むつみ)

関西学院大学文学部英文学科卒業後、ホテル勤務。その後、外資系製薬会社で秘書。退職後渡英し、英ブラッドフォード大学修士課程(ビジネス戦略・環境マネジメント専攻)修了。帰国後は通訳者・翻訳者並びに講師として活動中。

-------------------------------------------------------------------

 

 

| ISSライブラリー 〜講師が贈る今月の一冊〜 | 09:17 |
ISSライブラリー 〜講師が贈る今月の一冊〜 第39回:津村建一郎先生(英語翻訳)

library.png

先生方のおすすめする本が集まったISSライブラリー
プロの通訳者・翻訳者として活躍されているISS講師に、「人生のターニングポイントとなった本」「通訳者・翻訳者として必要な知識を身につけるために一度は読んでほしい本」「癒しや気分転換になる本」「通訳・翻訳・語学力強化のために役立つ参考書」等を、エピソードを交えてご紹介いただきます。
-------------------------------------------------------------------

今月の一冊は、英語翻訳者養成コース講師、津村建一郎先生ご紹介の「はたらく細胞」(清水茜著, 講談社, 2015年)です。

-------------------------------------------------------------------

 

今回は、異色のアニメコミック「はたらく細胞」です。
タイトルから解ります様に、人体の血液細胞(赤血球、白血球、血小板・・・)などが擬人化されたマンガです。

 

ただし、マンガと言ってあなどるなかれ! その内容はかなり本格的で、特に白血球(T細胞、B細胞、マクロファージ、好中球、樹状細胞・・・)の働きは医学的にもかなり正確に表現されています。

 

このコミックは、月刊少年シリウスに連載されていたものを単行本にしたもので、シリウスではいまだに連載が続いているそうです。

 

最近のメディカル翻訳のお仕事では、iPS細胞や再生医療等が多くなり、これらの翻訳やライティングを行う際に避けて通れないのが「免疫」です。
大学医学部での「免疫」の教科書は、A4版の分厚いものが4〜5冊はあろうかという、極めて込み入った難解な分野ですが、この「はたらく細胞」では、白血球を中心とした免疫の機能をアニメで要領よくまとめていますので、面白く読み進む内に免疫の構造が理解出来るという優れものです。

 

主な登場人物(細胞)は以下のとおりで、登場人物には名前がない代わりに、細胞名+識別番号で表現されています。
変な固有の名前が付いていないお陰で、細胞名とその細胞の働きが自然に結びついてきます。

 

また、細菌やウイルスも擬人化されていて、体内の平和を脅かすモンスターとして登場します。

 

https://hataraku-saibou.com/character/

 

以前に、アニメも放映されていたらしく、声優(CV)さんはそうそうたるメンバーなんだそうです。
現在アニメの放映は終了していますが、近々第2部が放映開始になるとか・・・

 

また、PV(プロモーション・ビデオ)がありますので、そちらを参照されるのも良いかと思います。

https://hataraku-saibou.com/movie/

https://youtu.be/etPHza6sWoQ

 

アニメでは、身体の中の様々な細胞とその働きが、擬人化された人物とその職業(技能)で表現されています。例えば・・・

 

赤血球を代表している「赤血球ちゃん」は赤血球らしく赤い服装で、酸素や栄養素を運んで、老廃物を回収する配達員キャラクターの女の子です。

白血球(好中球)を代表している「白血球くん」は体内の平和を維持する警備員としてホワイトを基調としたイケメンで描かれています。ただし、侵入してきたモンスター(病原菌などの外敵)と戦う場面では携帯しているタガーナイフを振り回して、かなりブラディなシーンで表現されています。
ただし、白血球が細菌などを捕食して、粉々に分解することは確かですし、返り討ちに合う白血球も少なくないので、体内で実際に血なまぐさい戦闘が繰り広げられているのも事実です。

 

個人的には血小板ちゃんが可愛くて気に入っています。
 

https://hataraku-saibou.com/story/?story=2

 

血小板ちゃんの画でお解りのように、出演者の細胞は種類別に同じ様な服装をしていますが、顔や仕草は微妙に違っていて、個性があります。

 

侵入してくる病原体としては、肺炎球菌、ブドウ球菌、緑膿菌、ピロリ菌、インフルエンザウイルス、ムンプスウイルスなど、さらにはスギ花粉やがん細胞なども登場します。また、善玉菌の乳酸菌や日和見菌のバクテロイデス菌なども出てきます。これらの役どころの作用や振舞もかなり正確に表現されています。

 

一般的な細胞としては、消化管細胞や汗腺細胞、神経細胞、色素細胞、造血幹細胞なども登場しますので、これらの細胞や組織と免疫の関係等も楽しみながら理解出来ます。

 

=== 公式サイトの紹介文の一部 ===
”ここは人間の身体の中。酸素や二酸化炭素を運搬していた赤血球は、ある日、体外から侵入した肺炎球菌に襲われ、白血球(好中球)に助けられる。
体という世界を守るため、逃げた肺炎球菌を追う白血球(好中球)。
だが敵は意外な場所に隠れていて──。”

https://hataraku-saibou.com/story/?story=1

======================

 

まさに、こんな感じで、読み出すと止められなくなる恐れ(中毒・依存性)がありますので、取り扱いには注意してください。

 

 

-------------------------------------------------------------------

津村 建一郎(つむら けんいちろう)
東京理科大学工学部修士課程修了(経営工学修士)後、およそ30年にわたり外資系製薬メーカーにて新薬の臨床開発業務(統計解析を含む)に携わる。2009年にフリーランスとして独立し、医薬翻訳業務や、Medical writing(治験関連、承認申請関連、医学論文、WEB記事等)、翻訳スクール講師、医薬品開発に関するコンサルタント等の実務経験を多数有する。アイ・エス・エス・インスティテュートでは医薬翻訳クラスを担当。

津村建一郎先生のブログ https://translator-patner.com/

-------------------------------------------------------------------

 

 

| ISSライブラリー 〜講師が贈る今月の一冊〜 | 09:00 |
ISSライブラリー 〜講師が贈る今月の一冊〜 第38回:椙田雅美先生(中国語翻訳)

library.png

先生方のおすすめする本が集まったISSライブラリー
プロの通訳者・翻訳者として活躍されているISS講師に、「人生のターニングポイントとなった本」「通訳者・翻訳者として必要な知識を身につけるために一度は読んでほしい本」「癒しや気分転換になる本」「通訳・翻訳・語学力強化のために役立つ参考書」等を、エピソードを交えてご紹介いただきます。
-------------------------------------------------------------------

今月の一冊は、中国語翻訳者養成コース講師、椙田雅美先生ご紹介の「日本奥地紀行」(イザベラ・バード著, 平凡社)です。

-------------------------------------------------------------------

 

旅行が好きで近年は国内外合わせて年間50日以上は旅に出ています。
そんな私に「旅人にならなくてもいい。自分が旅をするだけでいい」と、教えてくれた本です。


「日本奥地紀行」は、明治初期に日本の東京から北海道までを旅したイギリス人女性、イザベラ・バードが、欧米人にとって未開の地であった日本の奥地について、自作の精密な挿絵も交えて詳細に記録した旅行記です。最近になって全四巻の完訳本をはじめ、関連書籍が多数出版されましたが、大学院生だった私がこの本に出会った時には、東洋文庫の抄訳版があるのみで、大学の図書館の地下書庫にひっそりと置かれていました。この地味な装丁の本になぜ気づいたのか不思議ですが「奥地」という言葉に惹かれたのかもしれません。

 

イザベラ・バードは、明治11年(1878年)5月に横浜港から日本に入国します。栄華の絶頂を極めていた大英帝国からやってきた彼女にとって、ほんの20年前まで鎖国をしていた極東の国は、どれほど好奇心をそそり、驚愕に満ちていたでしょうか。


ところが、私の予想とは異なり、上陸して最初の記録は、旅人の好奇心や高揚感を前面に押し出したものではありませんでした。灰色の霞に覆われ、イギリスに比べれば簡素で味気ない町並みを前にして感じた寂寥が率直に綴られるとともに、驚くほど冷静で詳細な観察によって、港から眺めた富士山、横浜の街並み、そして市井の人々の様子が精細な筆致で記されています。


日本で発明されて間もない人力車をさっそく利用したバードは「クルマすなわち人力車は、乳母車式の軽い車体に調節できる油紙の幌をつけ、びろうどや木綿で裏張りをした座布団が敷いてあり、座席の下には小荷物を入れる空所があり、高くてほっそりした車輪が二つある」と、車両について詳しく説明し、貧相な体格に似合わない西洋風の服装をした乗客たちについて「まことに滑稽な光景」、「彼らはそれに似合わぬ自分たちのおかしな姿に、少しも気がついていない」と批評します。そして「車は疾駆し、追いかけ、互いに交叉する。車夫は、どんぶり鉢を逆さにしたような大きな帽子をかぶり、青い妙な股引きをはき、短い紺の半纏には、しるしや文字を白く染め抜いてある。この愉快な車夫たちは、身体はやせているが、物腰は柔かである。彼らは、町の中を突進し、その黄色い顔には汗が流れ、笑い、怒鳴り、間一髪で衝突を避ける」と、車夫達たちの様子を実に生き生きと描写しています。


バードはこの年すでに47歳の中年女性でしたが、従者兼通訳として雇った18歳の伊藤鶴吉ひとりだけを連れて、東京−日光−会津−新潟−山形−秋田−青森と進み、さらには北海道に渡って函館から平取まで3ヶ月もの間日本を周ります。「私は、ほんとうの日本の姿を見るために出かけたい」というたったひとつの理由だけで。


どの村でも外国人をひと目見ようと集まってくる野次馬に囲まれ、不衛生な環境に辟易し、調教されていない駄馬と格闘しながらも、バードは少しもひるむことなく旅を続けます。上陸早々に、人力車と車夫を観察した熱意は、旅の終わりまでまったく変わりません。


北海道ではアイヌ人の集落に泊まり、食事を供にします。アイヌの人々の生活ぶりが、まるで映像のように克明に伝わってきます。開拓時代初期、日本人官吏によって、先住民族を新政府の支配下に置く目的での調査は行われていましたが、アイヌ文化の学術的研究は始まっておらず、バードの記録が当時のアイヌの生活を知る唯一の文献となっています。

 

旅行記そのものの素晴らしさに加え、私が驚いたのはバードが自分の生活スタイルを崩さず、平常心を保ち続けていることでした。着慣れたドレスで山道を歩き、持参した簡易ベッドを畳の上で組み立てて眠り、風呂がない地域では簡易浴槽まで作って身体を洗おうとします。これは一見「郷に入っては郷に従え」というありかたに反するようですが、決して現地の生活に溶け込もうとしないのではなく、彼女は何でも食べてみる、やってみる、日本人の通訳が嫌がることも臆することはありません。何でも経験してみるが、いたずらに物真似はしないということでしょうか。


また、各地方によって異なる生活習慣やしきたり、ものの考え方について、それがどのような理由によるものなのか熟考し、納得すれば心から賞賛します。一方で自分の価値観と相容れないことがあれば、遠慮なく疑問を呈し、辛辣な批判をすることもあります。

 

このように自分を見失うことなく、外国人であるゆえに生じる距離を認識し、あくまで対等な立場で相手を知ろうとするバードだからこそ「ほんとうの日本の姿」を見ることが出来たのでしょう。


私は、大学生の頃からバイトに明け暮れては旅行や短期留学に出かけていましたので、この本に出会ったときすでにそこそこの場数を踏んでいました。しかし、長距離を歩くのが嫌い、水回りの汚い安宿やドミトリーに泊まるのは苦手、他のパックパッカーに比べてやたらに荷物が多いなど、自分は中途半端な旅しか出来ていない、憧れのスナフキンのような「旅人」にはなれそうもないと忸怩たる思いを抱いていました。


一方で、したり顔のバックパッカーたちにも疑問を抱いていました。当時、某有名ガイドブックの「中国」版には「人民服を来て、硬座車(中国の何もかもがハードな三等座席車)に乗ればほんとうの中国が見えてくる」と書かれており、この本を信奉する日本人バックパッカーが中国各地を闊歩していましたが、真新しい人民服に身を包み、有名山岳ブランドのザックを背負い、皆が皆、例の青いガイドブックを手にしているのですから一目で日本人とわかります。彼らが硬座車に乗れば、たちまち回りの乗客に囲まれ、カメラや腕時計、航空券の代金、果ては自宅のテレビのサイズまで質問攻めに遭っていました。人民服を着ていない私も当然注目の的になりましたが、そもそも中国人の若者が遊びのために旅行出来る時代ではなかったので、旅行者イコール外国人だったのです。わざわざ買った人民服を着ることは、むしろ失礼なのではないかと思っていました。私は、硬臥車(二等寝台車)や軟臥車(一等寝台車)にも乗りましたが、質問攻めにあうのは三等車と同じです。ただし質問される内容はかなり違っていて、社会主義国家中国にある階層というものを知りました。一等車に乗る党幹部も、三等車に乗る労働者も同じ中国人です。いい人がいれば悪い人もいるのも日本と同じです。異国にいても、自分は自分らしく過ごせばよいのであって、旅に溺れてしまっては一面しか見えてこないのではないでしょうか。


イザベラ・バードは、旅人になりきれないことに迷いを感じていた私に「旅人にならなくてもいい。自分が旅をするだけでいい」と気づかせてくれました。以来、自分が見たいものを、普段通りの自分の目で見ることを第一に考え、情報に惑わされぬことを心がけるようになりました。


翻訳の仕事をしていく上でも、このことは忘れないようにしています。

 

語学を仕事にするには、相手の国の歴史や文化を知ることが必要ですが、言葉が分かるようになると、それだけで歴史や文化も分かった気になることがあります。心情的にも、往々にして母国語ではなく、努力して覚えた外国語の側に流されてしまいがちです。しかし、翻訳という仕事で大切なのは、二つの言語を中立の立場から捉え、同じ概念の文章に換えていくことですから、両者の間をさまよう旅人になってしまってはいけないと思っています。

 

 

-------------------------------------------------------------------

椙田 雅美(すぎた まさみ)
東京都出身、中央大学大学院総合政策研究科博士前期課程修了。専攻は人口政策。ISSインスティテュートで学び、現在は中日翻訳者としての活動をメインに、ISSインスティテュート及び日中学院で講師を務める。ISSインスティテュートでは中国語翻訳者養成コース「本科2(中日翻訳)」クラス担当。訳書に「中国農民調査」(文藝春秋)、「発禁『中国農民調査』抹殺裁判」(朝日新聞出版)など。

-------------------------------------------------------------------

 

| ISSライブラリー 〜講師が贈る今月の一冊〜 | 09:21 |
ISSライブラリー 〜講師が贈る今月の一冊〜 第37回:寺田容子先生(英語通訳)

library.png

先生方のおすすめする本が集まったISSライブラリー
プロの通訳者・翻訳者として活躍されているISS講師に、「人生のターニングポイントとなった本」「通訳者・翻訳者として必要な知識を身につけるために一度は読んでほしい本」「癒しや気分転換になる本」「通訳・翻訳・語学力強化のために役立つ参考書」等を、エピソードを交えてご紹介いただきます。
-------------------------------------------------------------------

今月の一冊は、英語通訳者養成コース講師、寺田容子先生ご紹介の「Shortest Way Home: One Mayor's Challenge and a Model for America's Future」(Pete Buttigieg著, Liveright Pub Corp, 2019年)です。

-------------------------------------------------------------------

 

5月の夕暮れ、駅前の広場のベンチで時間をつぶしていたところ、見知らぬ50代くらいの米国人男性から延々とconspiracy theoryを聞かされるという体験をしました。

 

最初は片言の日本語の世間話で、次第に、米国車をもっと買えとか関税万歳とかいう話になっていき、まどろっこしいので会話を英語に切り替えたら、さらにヒートアップ。チャキチャキのトランプ大統領支持者なのには早めに気づきました。米国政治情勢を早口で語った後は、トランプ氏が巻き起こしたbirther movement(オバマ前大統領はアフリカ生まれでイスラム教徒というデマ)、スティーブ・ジョブス生存説、クリントン一族の策略等々、代表的陰謀説が次々と繰り出されていきました。

 

放送通訳という仕事柄、こういうタイプの方がいることは知っているつもりでしたが、初の生遭遇に密かにやや興奮。にしても、駅前で出会う人間の中で、私はこの類の話の相手をするのにかなり適した職業だといえると思います。ニュースを伝える仕事のため、米国政治の詳細や要人発言、ゴシップまで重箱の隅をつつく毎日だからです。

 

米国政治といえば、次の大統領選挙は来年11月3日。手間暇かかることで有名な米国の選挙では、投票日の1年以上前から候補者討論会が始まり、予備選primaries & caucuses、党大会party convention、さらに民主党と共和党の候補者同士の討論会presidential debatesが何度もあって、ようやく本選挙general electionにたどり着きます。放送通訳は、選挙速報はもちろん、候補者討論会の生中継を同時通訳する機会も多くあり、党内情勢や各候補者の一挙手一投足を追っておくことがとても大切です。

 

民主党Democratsは現時点で20人以上が立候補を表明していて、6月末の第1回を皮切りに候補者討論会Democratic primary debatesをほぼ毎月行い、候補者を絞っていきます。

 

今回、ご紹介する本「Shortest Way Home」は、そんな乱立する民主党候補者の中で急速に頭角を現している最年少37歳、インディアナ州サウスベンド市のブティジェッジ市長の自伝です。バイデン前副大統領など知名度抜群の老練政治家を追い上げている人です。かなり分量がある本ですが、英語が平易で分かりやすく、市長の日常生活の描写も興味深く、どんどん読み進めることができると思います。米国の選挙事情や中央政局、地方政治の仕組みも垣間見ることができるでしょう。

 

同氏は、名門大卒のエリートで、公僕として尽くしたいという思いから20代後半で高給取りの仕事を辞めて海軍予備役に志願するとともに、29歳で故郷サウスベンドの市長に当選し、今に至ります。経済の立て直しで高い評価を受けました。

 

普段本を読まない私がこの本をアマゾンでポチったきっかけは、ペンス副大統領とのgay rightsを巡る舌戦でした。直接討論したわけではなくメディアを介しての議論です。同性愛を公表しているブティジェッジ氏は、ペンス氏のLGBTQコミュニティへの差別的態度を批判し、次のように述べて賞賛されました。

 

"If me being gay was a choice, it was a choice that was made far, far above my pay grade. That's the thing I wish the Mike Pence's of the world could understand, that if you have a problem with who I am, your problem is not with me. Your quarrel, sir, is with my creator."
(私がゲイなのはそう選択したからというなら、その選択は遥か上でなされたもの。世の中のペンスさん達に理解してほしいのは、そういうことだ。私が私であることが問題というなら、あなたが言い争うべき相手は、私の創造主である神であるはず。)

 

ペンス氏は共和党Republicansで、インディアナ州の知事を辞めて副大統領になった人。保守強硬派のリーダーで、聖書を”厳格に”守る宗教右派the religious rightであり、同性愛はconversion therapyで治療できると信じています。

 

二人のgay rightsを巡る対立は、知事時代の政策”Religious Freedom Restoration Act”に遡り、当時のやり取りが本著に詳しく書かれています。この州法は「宗教の自由回復法」と銘打った差別の合法化だと批判され、ペンス氏は全米から袋叩きにあう一方、同性愛を認めない宗教右派にはスター扱いされました。そのタイミングでの副大統領候補running mate指名により、トランプ候補は保守票を確保し、ペンス氏は針のむしろの知事職から副大統領に転身でき、渡りに船だったと書かれています。

 

先ほどの発言も含め、政治集会や対話集会中継での市長の発言を通訳していると、その頭の回転の速さと言語能力の高さに感銘を受けます。質問に直球で返しつつ自分の考える正義を効率的に、気の利いた表現で伝えていて、オバマさん以来の爽快感を覚えます。

 

ちなみにブティジェッジ氏は、市長就任後に休職して戦地に向かいました。帰国後人生を考え直したようで、この州法の成立後(その後修正案が通過)に同性愛を公表し、デートアプリでパートナーを探し、めでたく結婚しました。要領がよい人です。

 

ここまで言っておいてなんですが、正直、私は誰が勝とうがどうでもよいです。こだわりなし。できれば英語の分かりやすい人を希望。ブティジェッジ氏には、むしろ副大統領候補になってもらい、討論会でペンス氏と直接対決するのを見てみたいなとは思っています。

 

 

-------------------------------------------------------------------

寺田 容子(てらた ようこ)
東京外国語大学卒業。アイ・エス・エス・インスティテュート放送通訳科で学び、2001年より放送通訳者として稼働を始める。現在は、NHK、CNN、BBC、その他各テレビ局にて、報道全般、記者会見、スポーツ、米大統領選挙報道など、多岐にわたるテレビ放送の同時通訳および時差通訳を中心に活躍中。

-------------------------------------------------------------------

 

| ISSライブラリー 〜講師が贈る今月の一冊〜 | 09:34 |
ISSライブラリー 〜講師が贈る今月の一冊〜 第36回:徳久圭先生(中国語通訳)

library.png

先生方のおすすめする本が集まったISSライブラリー
プロの通訳者・翻訳者として活躍されているISS講師に、「人生のターニングポイントとなった本」「通訳者・翻訳者として必要な知識を身につけるために一度は読んでほしい本」「癒しや気分転換になる本」「通訳・翻訳・語学力強化のために役立つ参考書」等を、エピソードを交えてご紹介いただきます。
-------------------------------------------------------------------

今月は、中国語通訳者養成コース講師、徳久圭先生より「台湾海峡一九四九」(龍 應台(著), 天野 健太郎(翻訳) , 白水社, 2012年)「歩道橋の魔術師」(呉明益(著), 天野 健太郎(翻訳), 白水社, 2015年)「翻訳とは何か」(山岡 洋一(著), 日外アソシエーツ, 2001年)の3冊をご紹介いただきます。

-------------------------------------------------------------------

 

昨年十一月、翻訳家・天野健太郎氏の訃報に接しました。訃報はいつも突然のことですから今回も驚きましたが、今回の驚きはいつも以上でした。それは天野氏がまだ四十七歳という若さだったこと、そして直接お目にかかったことはないけれど、亡くなる直前まで精力的に翻訳書を出版され、様々なイベントにも登場されていたことをネットなどで知っており、そのご活躍をいつもまぶしい思いで仰ぎ見ていたからです。

 

はじめて天野氏の翻訳書に接したのは、龍應台氏の『台湾海峡一九四九』でした。私は原著の『大江大海一九四九』を読んでいたのですが、その日本語版である天野氏の翻訳は冒頭からとても印象的でした。例えば、こんな描写です。

 

--------------------------------
她才二十四歲,燙著短短的、時髦俏皮的鬈髮,穿著好走路的平底鞋,一個肉肉的嬰兒抱在臂彎裡

 

彼女は二十四歳。パーマをかけた短い髪はとてもファッショナブルだった。歩きやすいぺたんこの靴を履いて、腕には丸々と太った赤ん坊を抱いていた。
--------------------------------


「歩きやすいぺたんこの靴」! 私はこの訳文に、それまでの中国語翻訳の世界にはなかった何か新しいものを感じました。とはいえ、その感覚をはっきりと自覚したのはずいぶん後からで、当時は「ずいぶん自由闊達な訳だなあ」くらいにしか感じていなかったのかもしれません。それよりもまず、それまで全くお名前を知らなかった中国語の翻訳者が登場したことそのものがとても新鮮で。

 

その後も天野氏は次々に訳業を世に問うて行かれました。たまたま台湾の書店で目についた帯に惹かれて吳明益氏の短編小説集『天橋上的魔術師』を買い、その帯に惹句とともに載せられていた天野氏の翻訳書『歩道橋の魔術師』も買い求めました。

 

この翻訳も自由闊達です。例えば、冒頭のこんな描写。


--------------------------------
我家開的是鞋店,只是一個小毛頭對客人說:「你穿這雙鞋好看」、「這是真皮的」、「算你便宜一點」、「哎呀已經是最低價了啦」怎麼樣都不太真實,太沒有說服力了。

 

うちは靴屋だった。ただ、小うるさいガキがお客さんに向かって、「お似合いですよ」とか、「お安くしますよ」とか、「それじゃあ、うち儲けが出ないんで」とか言ったところで、どうにも遊んでるみたいで説得力に欠ける。
--------------------------------


“已經是最低價了啦”を「それじゃあ、うち儲けが出ないんで」と訳すのは、意訳と言ってしまえばそれまでなのですが、ある種、天野氏一流のユーモアというか、やや無頼派的というか、大胆不敵というか、それでいて繊細というか、とにかく氏独特のスタンスが表れているような気がします。そうしたスタンスは例えば“這是真皮的”という営業トークのひとつをすっぱり切り落としている部分にも見て取ることができます。

 

このような天野氏のスタンスは、後に公開されたふるまいよしこ氏によるインタビューで詳しくその背景と理由を知ることができます。有料記事なので引用はさし控えますが、とにかく面白いインタビューです。翻訳や語学に興味がある方に、このたった数百円の出費を惜しむ手はありません。

 

https://note.mu/wanzee/n/n567b9d342c46

 

ここには天野氏の翻訳に対するスタンスだけではなく、日本における中国語文学の受容のされ方、あるいはもっと広く大きく台湾や中国の文化そのものの受容のされ方に対する、新たな世代の登場を見て取ることができます。

 

私は天野氏よりも若干歳が上ですが、ほぼ同じ世代というか年齢層に属します。このインタビューで天野氏がおっしゃっていることは、私が中国語を学んだり教えたり、あるいは仕事として使ってきたりする中で折に触れて感じてきたことをかなり大胆な形で言語化されているように思えて、一気に引き込まれ、読んでいてとても興奮しました。

 

例えば、最近は若干状況が変わっていると思いますが、日本における中国語学習の、そのあまりにも強い「北京一辺倒」ぶりや、観光地や文化発信地としての台湾人気の一方であまりにも多くの方が一般常識としてさえ馴染んでいない台湾の近現代史など……。『歩道橋の魔術師』にしても、そうした台湾へ視点がより豊かに育まれていれば、より味わい深く読めること請け合いだと思います。

 

まさに天野氏はそうした私たち日本人の台湾に対する視点をもっと豊かにするために(ご本人はきっと「そんなたいそうなことじゃねえ」とおっしゃるでしょうけど)訳業に邁進されていたと思います。なのに、折しも『自転車泥棒』などまた新たな訳業が世に送り出されたそのタイミングで突然の他界。聞くところによると発見のむずかしい膵臓のガンだったそうですが、ご本人はさぞ無念だったと思います。

 

ロシア語の米原万里氏、英語の山岡洋一氏など、敬愛し私淑していた通訳者や翻訳者が急逝されたときにも少なからぬ衝撃を受けましたが、そこにまたもうお一人が加わってしまいました。とても残念です。その山岡洋一氏はその著書『翻訳とは何か』でこう書かれています。


--------------------------------
翻訳学校に通っても、一流の翻訳家に学べる確率はそう高くはない。ところが、書店に行けば、一流の翻訳家がみな、訳書という形で翻訳のノウハウを示してくれている。自分がほんとうに尊敬できる翻訳家を選んで訳書と原著を手に入れ、訳書を見ないで原著を翻訳していき、訳書との違いをひとつずつ確認していけばいい。この方法なら、翻訳学校で教えていない翻訳家からも、亡くなっていて学べる機会がないはずの翻訳家からも学べる。無料で添削を受けられる。一流の翻訳を真似ることができる。
--------------------------------


私たちはこれからも、天野健太郎氏の訳業に学ぶことができる。それだけは救いだと思います。

 

 

-------------------------------------------------------------------
徳久 圭(とくひさ けい)

武蔵野美術大学造形学部彫刻学科卒業。現在ISSインスティテュート東京校中国語通訳者養成コース通訳科1クラスを担当。
ブログ:インタプリタかなくぎ流 http://qianchong.hatenablog.com/
ツイッター:@QianChong
-------------------------------------------------------------------

 

評価:
龍 應台
白水社
¥ 3,240
(2012-06-22)

| ISSライブラリー 〜講師が贈る今月の一冊〜 | 09:15 |
ISSライブラリー 〜講師が贈る今月の一冊〜 第35回:柴原早苗先生(英語通訳)

library.png

先生方のおすすめする本が集まったISSライブラリー
プロの通訳者・翻訳者として活躍されているISS講師に、「人生のターニングポイントとなった本」「通訳者・翻訳者として必要な知識を身につけるために一度は読んでほしい本」「癒しや気分転換になる本」「通訳・翻訳・語学力強化のために役立つ参考書」等を、エピソードを交えてご紹介いただきます。
-------------------------------------------------------------------

今月の一冊は、英語通訳者養成コース講師、柴原早苗先生ご紹介の「ニュー・ウーマン―いい仕事をして豊かに暮らす法」(千葉 敦子著, 知的生きかた文庫, 1987年)です。

-------------------------------------------------------------------

 

「あなたの尊敬する人は誰ですか?」

 

みなさんはこのような問いを投げかけられたら、どのように答えますか?

 

「うーん、今までの人生で影響を受けた人・・・。先輩かなあ?それとも両親かな?」という具合に、尊敬する人物というのも人それぞれでしょう。

 

私には理想の人が3名います。いずれも女性であり、書籍を通じて知りました。

 

お一人目は精神科医の神谷美恵子先生。ハンセン病患者のために生涯を捧げました。「生きがいについて」「うつわの歌」(いずれもみすず書房刊)など数々の作品を残しています。人のために奉仕するとはどのようなことかが書籍からはわかります。

 

もう一人は手料理で悩める人を救った佐藤初女先生です。「ISSライブラリー」第一回の本稿でご紹介しました。私が初女先生の著作を知ったのは、我が子たちが小さかった時。そのころ私は子育てと仕事の両立に疲労困憊していました。常に悩み、いつもイライラしている自分がいたのです。偶然手に取った初女先生の本には、優しいことばがたくさん綴られていました。その文章に救われ、北海道・支笏湖で行われた「初女先生を囲むつどい」まで追っかけをしたこともあります。それぐらい当時の自分は追い詰められていたのでした。

 

私が尊敬する3人目はジャーナリストの千葉敦子さん。留学経験もなく、国内育ちであるにも関わらず、自らの努力で英語力を極め、日本について世界に発信していたのが千葉さんでした。非常にバイタリティ溢れる方でしたが、惜しくも乳がんで若くして亡くなられています。

 

今回ご紹介するのは千葉さんが綴った「ニュー・ウーマン いい仕事をして豊かに暮らす法」(知的生き方文庫、1987年発行)です。学生時代にこの本を読んだ私は大いに衝撃を受けました。

 

日本で男女雇用機会均等法が制定されたのは1985年です。千葉さんはそれ以前から男性と平等に働くべく、多大な努力を払っていました。その一環として、日々の生活や時間管理、勉強などをどのように進めればより良い仕事ができるかを常に考えていたのです。そのヒントを惜しみなく披露しているのが本書です。

 

目次をめくると、「自分自身のマネジメント」「仕事と勉強」「住生活を豊かに」「食べることも大切」「キャリア・ウーマンの装い」「新しい人間関係を考える」という章が並びます。仕事術だけでなく、装いから日々の潤いに至るまでトピックは多岐にわたります。私はこの本を読み、読書方法、手紙の書き方、フード・プロセッサーの使い方、ファッション小物など、社会人として必要なことを学びました。今、本稿を執筆するにあたり改めて読み返していますが、30年経った今でも十分参考になるヒントばかりです。

 

千葉さんは乳がんと診断された後も精力的にジャーナリストとしての活動を続け、晩年は念願のニューヨークに拠点を移し、現地で闘病しながら最期を迎えました。享年46歳でした。千葉さんの文章はどれも力強く、読む者に勇気を与えてくれます。私は今でも心が弱くなると千葉さんの本を書棚から取り出し、活字に目をやることでエネルギーを得ています。

 

 

-------------------------------------------------------------------

柴原 早苗(しばはら さなえ)
放送通訳者。獨協大学非常勤講師。上智大学卒業、ロンドン大学LSEにて修士号取得。ロンドンのBBCワールド勤務を経て現在はCNNj、CBSイブニングニュースなどで放送通訳者として活躍中。NHK「世界へ発信!ニュースで英語術」ウェブサイトの日本語訳・解説を担当。ESAC英語学習アドバイザー資格制度マスター・アドバイザー。通訳学校にて後進の指導にあたるほか、大学での英語学習アドバイザー経験も豊富。著書に「通訳の仕事 始め方・稼ぎ方」(イカロス出版、2010年:共著)、「英検分野別ターゲット英検1級英作文問題」(旺文社、2014年:共著)。「放送通訳者・柴原早苗のブログ」http://sanaeshibahara.blog.so-net.ne.jp/

-------------------------------------------------------------------

 

| ISSライブラリー 〜講師が贈る今月の一冊〜 | 13:00 |
ISSライブラリー 〜講師が贈る今月の一冊〜 第34回:佐久間公美子先生(英語翻訳)

library.png

先生方のおすすめする本が集まったISSライブラリー
プロの通訳者・翻訳者として活躍されているISS講師に、「人生のターニングポイントとなった本」「通訳者・翻訳者として必要な知識を身につけるために一度は読んでほしい本」「癒しや気分転換になる本」「通訳・翻訳・語学力強化のために役立つ参考書」等を、エピソードを交えてご紹介いただきます。
-------------------------------------------------------------------

今月の一冊は、英語翻訳者養成コース講師、佐久間公美子先生ご紹介の「翻訳問答 英語と日本語行ったり来たり」(片岡義男・鴻巣友季子著, 左右社刊, 2014年)です。

-------------------------------------------------------------------

 

翻訳者をめざす皆さんへ

 

翻訳の世界に身を置いてもう40年以上になりますが、今でも原文を前にどう訳そうか頭を抱えることがよくあります。

 

その原因を考えてみますと、大きく分けて2つありました。1つ目は、原文が読み解けていないとき。2つ目は、どうにも日本語にならないとき。皆さんも、日常この2つの間を揺れ動いて苦労しておられるのではないでしょうか?私たちでも同じように悩んでいます。決して勉強途上の皆さんだけではありません。心配しないでください。

 

ただ、どうも上の2つ目は1つ目に原因があるのではないかと思うことが多くなりました。2つ目ができないと、勉強を続ける自信を無くしがちですが、立ち止まってもう一度原文をしっかりと読み直し、論理的に文脈を整理する習慣をつけることをご自分に課してください。

 

言葉の意味を捉えるとはどういうことなのか、どのようにして文脈を読み解くのか、素敵な本を1冊ご紹介します。

 

『翻訳問答 英語と日本語行ったり来たり』(片岡義男・鴻巣友季子著, 左右社刊)

 

2人がよく知られた本の小さな段落を訳して、その訳し方を語り合います。翻訳者でなくても、つい惹き込まれる面白いやり取りを楽しめます。

 

皆さんはレイモンド・チャンドラーをご存知ですか? 1953年に刊行された『The Long Goodbye』があります。有名な探偵小説で訳者は清水俊二。日本語の原題は「ロング・グッドバイ」。これを片岡さんは「逢えないままに」、鴻巣さんは「さよならは一度だけ」と訳しました。翻訳とはことほど左様に人によって違ってきます。

 

二人の語り合いそのものも面白いのですが、私が一番心に突き刺さった片岡さんの意見をここでご紹介しましょう。

 

片岡:
文章は言葉が先頭から後ろに向かってひとつにつながっているのですから言葉をつなげばつなぐほど、先頭は前に向かって進んでいきます。この動きを止めてはいけません。そしてこの動きが書き手の論理なのです。<中略> 文章の論理をよく理解して、それに反しないように、日本語をあてはめる必要があります。

 

勉強というアプローチで読みたい方は、その小さな文章を先にご自身で訳してから、読み進められると何かのヒントを得られるかもしれません。

 

勉強を横に置いても、柔らかな春の1日、窓辺で読むのにぴったりの本です。

 

楽しんでください。

 

 

-------------------------------------------------------------------

佐久間公美子(さくま くみこ)
英語・仏語映像翻訳者。第一線の映像翻訳者として、『2001年宇宙の旅』、『時計仕掛けのオレンジ』他、数々の名画の字幕翻訳およびテレビドラマ、ドキュメンタリー、海外ニュースの映像翻訳を手掛ける。
アイ・エス・エス・インスティテュートでは英語翻訳者養成コース「映像字幕翻訳」クラスを担当。

-------------------------------------------------------------------

 

| ISSライブラリー 〜講師が贈る今月の一冊〜 | 09:08 |
ISSライブラリー 〜講師が贈る今月の一冊〜 第33回:栗原恭子先生(英語通訳)

library.png

先生方のおすすめする本が集まったISSライブラリー
プロの通訳者・翻訳者として活躍されているISS講師に、「人生のターニングポイントとなった本」「通訳者・翻訳者として必要な知識を身につけるために一度は読んでほしい本」「癒しや気分転換になる本」「通訳・翻訳・語学力強化のために役立つ参考書」等を、エピソードを交えてご紹介いただきます。
-------------------------------------------------------------------

今月の一冊は、英語通訳者養成コース講師、栗原恭子先生ご紹介のWhat on Earth Happened?Professor Christopher Lloyd (著)Bloomsbury Publishing PLC, 2012年)です。

-------------------------------------------------------------------

 

英語通訳者養成コース本科3クラスを担当させていただくようになり、かれこれ10年が経とうとしています。私自身ISSの受講生でしたので、時が経つのは早いなと思うと共に、クラスの中で変わったなと感じることもたくさんあります。しかし通訳になるための勉強という点では変わらない部分もたくさんあり、今生徒さんが感じていることを、昔自分自身も同じように感じていたことも少なくありません。その中でも、最近考えさせられることが、いったい「専門用語」とは何だろう?というものです。

 

クラスの生徒さんから、特に科学分野の教材をやった後に、「この分野はあまり興味がなくて、専門用語が分からなくて全然訳せませんでした」という声がよく聞かれます。そのたびに果たしてそこに出てきているのは本当に「専門用語」と呼べるものなんだろうかと考えてしまいます。どこからが専門用語か、それは一般常識ではないのか、その境界は人それぞれだし、そう簡単な問題ではないのかもしれません。原文が英語である場合と日本語である場合とで感じ方は当然違ってくるはずです。

 

今回ご紹介したい本は、Christopher Lloyd著「What on Earth Happened?: The Complete Story of the Planet, Life and People from the Big Bang to the Present Day」という本で、こちらの原書は英語、また翻訳本として「137億年の歴史 宇宙がはじまってから今日までの全歴史」の2冊です。 これらの本は、文字通りビッグバンから現在に至るまで、地球レベルでその137億年の歴史を42のテーマで書かれたものです。先史時代であれば地学や生物学の話が中心になりますし、有史時代となれば世界の歴史を俯瞰しています。筆者は自分のお子さんのためにこの本を書き下ろしたということで、全体的に語り口調で大変読みやすくなっていますが、ある書評によると、まさに「専門用語」がたくさん出てくるため、辞書は手放せないとあります 。

 

さて実際中身を少し見ていくと、Corals, Jellyfish, Ammonites・・・このあたりですと、辞書なしに行けそうです。Trilobites, Sea scorpions・・・さて少し不安になってくるでしょうか?さらにHallucigenia, Opabinia, Lancelets・・・とくるとそれこそ専門家でない限り、確かにすらすらとは読み進めにくいかもしれません。

 

しかし、これは子供のために書かれた本です。英語圏の子供であれば、別の図鑑を見たりすることはあるかもしれませんが、この本を読んでいく過程でこれらの用語を覚えていくことでしょう。ですから、果たしてこれらを「専門用語」と言ってよいものかどうか…。

 

この答えを出すことは今回の目的ではないので、ここまでにしておこうと思いますが(実際に通訳の仕事に入ると「専門用語」とは何かは痛いほど分かることになります…)、もしかしたら、この本の内容はすべて、「一般常識」になってしまうかもしれません。


そして恐ろしいことに、日本の学校教育そして、ビジネスにおける英語学習では、この科学、そして歴史に関する英語はかなり抜けているのが現状です。興味のある方はぜひとも、原書、翻訳本の両方を読まれることをお勧めします。テーマごとに英語、日本語それぞれで読んでみても良いかもしれません。英語の基礎力強化、一般常識の強化になることと思います。私自身、仕事で急に関係のない歴史の話になりとても慌てた覚えがあり、それ以来歴史の本を英語で意識的に読むようにしています 。

 

 

-------------------------------------------------------------------

栗原恭子(くりはら きょうこ)

聖心女子大学英語英文科卒業、日本IBMにて営業系SEとして勤務。IBM在職中に英国留学、その後ISSに入学し、通訳科1(現「プロ通訳養成科2」)在籍中より、通訳の仕事を開始。IT関連の仕事を中心に通訳・翻訳業務に携わる。現在ISSインスティテュート本科3および1を担当。

-------------------------------------------------------------------

 

評価:
Professor Christopher Lloyd
Bloomsbury Publishing PLC
¥ 1,760
(2012-09-01)

| ISSライブラリー 〜講師が贈る今月の一冊〜 | 09:00 |
ISSライブラリー 〜講師が贈る今月の一冊〜 第32回:本島玲子先生(中国語翻訳)

library.png

先生方のおすすめする本が集まったISSライブラリー
プロの通訳者・翻訳者として活躍されているISS講師に、「人生のターニングポイントとなった本」「通訳者・翻訳者として必要な知識を身につけるために一度は読んでほしい本」「癒しや気分転換になる本」「通訳・翻訳・語学力強化のために役立つ参考書」等を、エピソードを交えてご紹介いただきます。
-------------------------------------------------------------------

今月の一冊は、中国語翻訳者養成コース講師、本島玲子先生ご紹介の「中国少数民族地区画集丛刊」シリーズ(民族出版社, 1985年)です。

-------------------------------------------------------------------

 

今回は、完全に個人的趣味なのですが、私の大好きな本を紹介します。

 

皆さん、中国の少数民族に興味はありますか?


私はもう30年くらい、ずっと少数民族の本を探して読んでいるのですが、今日はその中で、のめり込むきっかけになった写真集を紹介しようと思います。


これは中国で1985年に出版された『中国少数民族地区画集丛刊』シリーズ(民族出版社)で、「雲南」「貴州」「新疆」「青海」「吉林」「広西」など、地域ごとに少数民族を紹介してくれています。

 

30年前、まだまだ私は中国語を勉強中でしたが、同時に中国に対してどんどん興味が湧いていた頃で、そんな時にたまたま書店で手にしたものなんです。


少数民族が住んでいる土地、自然の風景、暮らし、文化などが美しい写真とともに紹介されていて、最初に見たときは民族衣装やその土地の風景の美しさに感動して、もっとひとつひとつの民族について詳しく知りたいと思いました。

 

写真集なので説明文よりも圧倒的に写真のほうが多く、中国語の勉強を始めたばかりの私にとっては写真がメインというのはとてもありがたかったのも事実で(笑)、当時は時間があればずっとこの本を眺めていました。

 

これがきっかけで、それからは時間があれば少数民族について書かれた本を探して読みあさっていました。

 

30年前というと、今のようにネットですぐ調べられるような便利な時代ではなかったので、ひたすら本を探して読むしかなかったんですよね。


でも、そのおかけで本当にたくさんの本との出会いがあって、あの時代の本の読み方も楽しかったと思います。

 

この写真集も少しずつ買い集め、当時は本棚に少しずつ増えていく写真集を眺めてニヤニヤしてみたり、一冊一冊を手に取っては時間も忘れて見入っていました。

 

そして現在も少数民族への興味は尽きず、今は民族固有の文字に興味があり、そちらの本を探しては読んでいます。

 

「中国」と簡単に一言で言っても、あれだけの広大な土地に56の民族が住んでいるのですから、こうして少数民族を知ることで、中国全体への理解も深まっているような気がします。

 

時には、皆さんもこのような(一見、勉強とは関係ないように見えるものでも)ゆっくり眺めてみてはいかがでしょうか。

 

-------------------------------------------------------------------

本島 玲子(もとじま れいこ)

國學院大學文学部文学科卒業。大学卒業後、高校で国語科教師として教壇に立ち、その後、翻訳者に。実務翻訳、映像翻訳など。日本語教師の経験もあり。
アイ・エス・エス・インスティテュートでは中国語翻訳者養成コース「本科1」を担当。

-------------------------------------------------------------------

 

 

| ISSライブラリー 〜講師が贈る今月の一冊〜 | 09:43 |
ISSライブラリー 〜講師が贈る今月の一冊〜 第31回:小林久美子先生(英語翻訳)

library.png

先生方のおすすめする本が集まったISSライブラリー
プロの通訳者・翻訳者として活躍されているISS講師に、「人生のターニングポイントとなった本」「通訳者・翻訳者として必要な知識を身につけるために一度は読んでほしい本」「癒しや気分転換になる本」「通訳・翻訳・語学力強化のために役立つ参考書」等を、エピソードを交えてご紹介いただきます。
-------------------------------------------------------------------

今月の一冊は、英語翻訳者養成コース講師、小林久美子先生ご紹介の「ポール・オースターが朗読するナショナル・ストーリー・プロジェクト」(ポール・オースター(編集), 柴田元幸(翻訳), アルク, 2005年)です。

-------------------------------------------------------------------

 

銀行勤めをしている頃は、読む書物は仕事関連の記事や文書類が中心でしたが、退職して、翻訳の仕事を始めてからは、まとまった時間がとれるようになり、読書のジャンルも広がりました。今回皆さんにご紹介したい本は、「ポール・オースターが朗読するナショナル・ストーリー・プロジェクト」です。ポール・オースターは、アメリカ合衆国東部のニュージャージー州出身のユダヤ系アメリカ人です。詩や小説だけでなく、映画の脚本作成やエッセイ等、実に幅広いジャンルで創作活動を行っている作家です。


まず、私がこの本に興味を持ったのは、この本が生まれたた経緯です。1999年、米公共ラジオ(National Public Radio)に出演していたポールは、ラジオ局から、定期的に番組に出演し、ストーリーを提供してほしいと頼まれます。どうしようかと考えている彼に、彼の妻は、“You don’t have to write the stories yourself. Get people to sit down and write their own stories. They could send them in to you, and then you could read the best ones on the radio.”といいます。この一言に動かされ、彼は、ラジオ番組のリスナーに、リスナー自身の人生の体験談を投稿してくれるようにと呼びかけ、集まった投稿を、彼が朗読するというナショナル・ストーリー・プロジェクトを始めるのです。実にユニークな発想でしたが、全米から、5000通を超える投稿が集まり、ポールは番組で投稿者の人生の物語を朗読します。


この本は、その5000通の中から、18の物語が選ばれ、英文、翻訳文、そしてポールの朗読(CD)が納められています。私がおすすめしたいのは、英文、翻訳文に目を通す前に、まず、ポールの生の声による物語を聴いてください。時に早口となる彼の英語は、アメリカ東部出身でブルックリンの居住者であることを感じさせます。低音で、臨場感にあふれる朗読に、聴き手は心をぐいぐいとつかまれ、物語に吸い込まれます。投稿された物語は、投稿者自身の真実の物語です。投稿者の様々の生き様に触れ、胸が詰まり、涙するような思いや、神秘的な感動など、聴いた後は豊かで、力を得た気持ちになります。物語の英語は決して難しくありません。また、翻訳も、英文同様、臨場感のある、たたみかけるような文章が圧巻です。


翻訳の仕事をしていると、英語を読む(黙読)・書くことに比重がおかれ、聴く・話すことが少なくなりがちです。しかし、英語の上達には、読む(黙読と音読)、書く、聴く、そして話す、この4つを常にバランスよく継続して実践していくことが非常に大切だと思います。目下、私は、聴く読書を楽しんでいます。皆さんも、いかがでしょうか?

 

 

-------------------------------------------------------------------

小林 久美子(こばやし くみこ)

ニューヨーク大学大学院(スターン・スクール)修了。外資系金融機関にて、シニアマネージャーとして人事、財務、オペレーション、およびM&A等の仕事に携わる。翻訳者として独立した後は、経験を活かして、株式会社翻訳センターの専属翻訳者として金融・IR分野の翻訳案件を担当している。アイ・エス・エス・インスティテュートでは金融・IR翻訳クラスを担当。

-------------------------------------------------------------------

 

| ISSライブラリー 〜講師が贈る今月の一冊〜 | 09:20 |

CATEGORIES

RECOMMEND BOOKS


SELECTED ENTRIES

CALENDAR
S M T W T F S
  12345
6789101112
13141516171819
20212223242526
2728293031  
<< October 2019 >>

リンク

モバイル
qrcode