通訳・翻訳養成学校のISSインスティテュートでは、キャリアにつながるプロの語学力を養成します。

ISSスクールブログ

アイ・エス・エス・インスティテュートが運営しています。


ISSライブラリー 〜講師が贈る今月の一冊〜 第25回 : 青山久子先生(中国語通訳)
評価:
東京都総務局総合防災部防災管理課,東京都
東京都総務局総合防災部防災管理課
¥ 135
(2015)

 

先生方のおすすめする本が集まったISSライブラリー
プロの通訳者・翻訳者として活躍されているISS講師に、「人生のターニングポイントとなった本」「通訳者・翻訳者として必要な知識を身につけるために一度は読んでほしい本」「癒しや気分転換になる本」「通訳・翻訳・語学力強化のために役立つ参考書」等を、エピソードを交えてご紹介いただきます。

今月の一冊は、英語通訳者養成コース講師、青山久子先生ご紹介の『東京防災』(東京都総務局総合防災部防災管理課  (著), 東京都 (著), かわぐちかいじ (寄稿)、2015)です。

 

-------------------------------------------------------------------

 

首都直下地震が30年以内に発生する確率は70%、南海トラフ地震は70〜80%と言われています。また、日本列島では地震のリスクのない場所は無いと言っても過言ではありません。大地震が発生すれば生活・交通・通信インフラが長期にわたり麻痺する恐れがあります。

 

『東京防災』は、東京都が2015年9月に、都内の全世帯に配布した防災用のハンドブックです。また、販売もされており、東京都民でなくても購入可能で、Kindle版は無料でダウンロードできます。災害に備えてどのような準備が必要か、発災時にどのような行動をとるべきか、また起こり得る各種災害について見やすい形でまとめられています。是非災害が起きる前に一度目を通しておかれる事をお勧めいたします。

 

「自助、共助、公助」という言葉を聞かれたことのある方も多いかと思います。「公助」とは発災後に自治体から提供される支援を指しますが、大規模災害においては自治体の機能が損なわれたり、インフラが損壊することにより、支援が被災地に届くまで1週間程度かかる事が想定されます。そのために必要なのが、自分で自分の身を守り、また地域コミュニティで助け合って公的な支援が届くまでの1週間を生き延びるということです。

以下、自助、共助のポイントをいくつか示したいと思います。

 

【自助】
・小さな笛(ホイッスル)を身に着ける。
携帯のストラップになるタイプの商品もあります。万が一地震で瓦礫の下敷きになったり、電車の事故などで下敷きになった際、声を出すよりも体力を使わずに助けを求められます。

 

・揺れを感じたら「潜れ!つかめ!よく見てろ!」。
落下物から身を守りやすい机の下などに潜り、机の脚をしっかりつかみ、周りの状況を観察しましょう。まずは自分の身を守り、火の始末はその後です。慌てて火を消そうとして怪我をしたり、煮物をかぶって火傷をする恐れがあります。都市ガスは震度5の揺れを感知すると自動的に弁が締まりストップします。

 

・家具の固定、ガラス飛散防止措置をとっておく。
家具が倒れ、ガラスの破片が飛び散ると、家屋に損壊がなくても家にとどまれなくなってしまいます。災害時には避難所生活と考えがちですが、避難所の生活条件は衛生面、安全面において劣悪です。出来る限り避難所に行かなくて済むよう、自宅を安全な環境に整えておきましょう。避難所に食料だけ貰いに行くという利用の仕方も可能です。

 

・自宅に十分な備蓄食料を用意する。
備蓄は1週間分と言われていますが、常に冷蔵庫に多めに食品をストックし、古い物から消費するようにして行けば、冷蔵庫の食品で3〜4日はしのげるでしょう。その上で数日分の保存食を用意しておけば良いのです。保存食も試食をし、気に入ったものをストックされると良いでしょう。また、大人1人につき、1日3Lの飲料水が必要と言われています。

 

・非常時の連絡方法について家族であらかじめ話し合い、決めておく。
一般的にはショートメッセージなどでいち早く、回線が混み合う前に簡潔に安否を伝えるようにすると良いでしょう。家や家族の状況が確認できていれば、無理をして帰宅困難に陥るという状況は避けられます。

 

・集合住宅の場合、トイレは使用可能の確認が取れるまで水を流さないようにしましょう。消臭機能のついた簡易トイレ(洋式トイレにかぶせて使える)が市販されていますので、用意しておくと良いでしょう。ペット用のシートも役に立ちます。使用後は一般ごみと一緒に捨てず、自治体の指示に従いましょう。

 

・オフィス家具や機器の固定も忘れてはなりません。
揺れが激しいとコピー機がフロアを走り、大変危険です。キャビネットの上に隙間ができないようにしましょう。またオフィスのデスクも隣同士のデスクの脚を結束用ベルトなどで固定するなどしておくと安定します。

 

【共助】
・日頃から近所付き合いを大切にする。
日頃から積極的に挨拶をし、地域のお祭りなど行事に参加されると良いでしょう。お隣や同じフロアにどんな方がお住まいか知っておくと、いざという時に地域のお年寄りや障害者の避難に協力したり、地域の方々と消火活動を行う時に役立ちます。

 

・地域の防災訓練などに参加する。
コミュニティによっては、安否確認の方法、広域避難場所への移動経路、災害時の役割分担などが詳細に検討されているところもあります。

 

災害から身を守るために知っておくべきことはまだまだあります。是非機会がありましたら、ご自身の災害に対する備えを見直しておかれることをお勧めします。

 

-------------------------------------------------------------------

 

青山久子

東京出身。日本で4年制大学(中国文学専攻)卒業後、北京の大学に2年間留学(国際経済専攻)、帰国後フリーランス通訳・翻訳者として活動。万博通訳コンパニオン、気象会社の気象・海象予測担当を経て現在会議通訳・放送通訳、企業向け中国語講習などに従事。気象予報士、防災士。

-------------------------------------------------------------------

 

| ISSライブラリー 〜講師が贈る今月の一冊〜 | 09:22 |
ISSライブラリー 〜講師が贈る今月の一冊〜 第24回 : 片山英明先生(英語通訳)
評価:
高山英士
Linkage Club
¥ 2,138
(2007-07-20)

 

先生方のおすすめする本が集まったISSライブラリー
プロの通訳者・翻訳者として活躍されているISS講師に、「人生のターニングポイントとなった本」「通訳者・翻訳者として必要な知識を身につけるために一度は読んでほしい本」「癒しや気分転換になる本」「通訳・翻訳・語学力強化のために役立つ参考書」等を、エピソードを交えてご紹介いただきます。

今月の一冊は、英語通訳者養成コース講師、片山英明先生ご紹介のALL IN ONE』(高山英士著、Linkage Club、2007年)です。

 

-------------------------------------------------------------------

 

ビジネスでよく使われる「I would appreciate it if you could・・・」という表現は文法的には丁寧な言い方をあらわす仮定法です。他にも、英文の意味は理解できるのですが、どうしてここに動詞の原形が使われているのか、また過去形でなく現在完了形が使われているのかなど、細かいところまできちんと理解しないでそのまま訳していることも多々あるのではないでしょうか。英文を正しく理解し、よりわかりやすい訳出しをするためにはやはり文法の知識が必要です。とはいっても今から分厚い文法書に挑戦はちょっと・・・と思われている方も多いのではないですか。そんな方にご紹介したいのがこの一冊、高山英士先生の「ALL IN ONE」です。ボリュームも手ごろで中身も充実しています。

 

基本5文型から始まり、時制、分詞構文、関係代名詞、仮定法など基本的な文法がそれぞれの項目についてわかりやすく説明されています。また、現在分詞と過去分詞、it 構文、助動詞、倒置、省略など別の切り口からの文法的解説もあります。それぞれの説明には例文が用意されており、その用法の実際の使い方まで示されていますので、文法規則の理解がしやすいです。

 

文法書としてお薦めなのですが、実はこの本、題名の「オールインワン」に示される通り文法以外のいろいろなこともカバーされていますので、総合的な英語力アップにはうってつけです。

 

まず、例文に出てくる単語の説明が充実しています。辞書の最初に出てくる意味だけでなく細かいニュアンスまで説明があり、なるほどそういう意味で使われていたのかとそれぞれの単語に対し理解が深まり、語彙力のアップに大いに役立つことでしょう。

 

一つの例文は3行程度の長さで音声もついていますので、ディクテーション、シャドウイング、リプロダクション、リテンションの練習にもピッタリです。文法の規則を理解し、出てきた単語を自分のものにし、内容を理解したうえで何回も繰り返し練習することで完全に自分のものになるではないでしょうか。

 

章末には「Column」もあります。勉強の仕方から、発音や聞き取りのコツ、英英辞典の使い方まで幅広いアドバイスが載っています。

 

この本は、一度読んで理解するというより、何度も何度も読み直して、何度も何度も復習して自分のものにしていってみてください。何度読み直してもその都度新しい発見があると思います。

 

総合的な英語力アップにお薦めの一冊です。

 

-------------------------------------------------------------------


片山 英明(かたやま ひであき)

大学卒業後、30余年エンジニアとして海外の建設工事を行う会社に勤務。業務遂行に必要な英語力習得のためアイ・エス・エス・インスティテュート横浜校通訳科に在籍。その後、フリーランスの通訳として、主に技術、建設関係の分野で活躍。アイ・エス・エス・インスティテュートでは主に入門科レベルや通訳訓練を応用した英語力強化クラスを担当。

 

-------------------------------------------------------------------

 

| ISSライブラリー 〜講師が贈る今月の一冊〜 | 10:00 |
ISSライブラリー 〜講師が贈る今月の一冊〜 第23回 : 宮坂聖一先生(英語翻訳)

 

先生方のおすすめする本が集まったISSライブラリー
プロの通訳者・翻訳者として活躍されているISS講師に、「人生のターニングポイントとなった本」「通訳者・翻訳者として必要な知識を身につけるために一度は読んでほしい本」「癒しや気分転換になる本」「通訳・翻訳・語学力強化のために役立つ参考書」等を、エピソードを交えてご紹介いただきます。

今月の一冊は、英語翻訳者養成コース講師、宮坂聖一先生ご紹介の『論理哲学論考』(Tractatus Logico-Philosophicus)(ルートヴィヒ・ヴィトゲンシュタイン著、Chiron Academic Press)です。

 

-------------------------------------------------------------------

 

僕は本当に偶然に偶然が重なって翻訳者になったので、参考書とか翻訳者になるための本とかほとんど読まなかったんです。会社員時代に仕事でマニュアルとかプロポーザルを英訳したこと、あるいは契約書のチェックをしていたことといった実務経験を通じて得たことがほとんどで、これを頼りに業界に無理矢理押し入ったみたいなものです。まだ電子辞書もろくになかった時代ですから、タイミングにも恵まれたと言えそうです。逆に結構いい加減に覚えていたことも多かったので、いまさら気付いたり、得心がいったりすることも数知れず。でもそこが楽しい。偉くなってはいかんのです。

 

かくして机の回りは、いまだに買っては積んでおくばかりの参考書やら専門書やらで一杯。先日買ったのは河野一郎、「誤訳をしないための翻訳英和辞典+22のテクニック」(DHC)とか、伊藤和夫「予備校の英語」(研究社)とか。まだ読んでないけど。授業をやっていて思うのは、最近はすぐに役立つこととか、テクニックとかを教わりたいという人が増えてきたということ。僕なんかは、昔から翻訳の考え方とか姿勢とかを中心に教えてきたので、正直時代が変わったなあと思わないでもありません。大切なのはやっぱり基礎。昔、ニフティの翻訳フォーラム(もう石器時代みたいな話ですが)での合言葉は、「ペーパーバック50冊読んで、原稿用紙250枚訳してこい。話はそれからだ」だったような気がするんだけど。こういうのはもう古いんだろうなあ。どうも野球で言えば走り込みや素振りの部分がおろそかになっているんじゃないかと心配になるんですよね。

 

ちょっと待てい、お前こそ実践ばかりで、基礎やってないじゃないかとここでツッコミが入りそうですが、今日書こうと思ってるのは、僕にとってのその基礎の部分が何かという話。例えば、僕の友人の文芸翻訳者には、契約書の翻訳を勉強することで文法を徹底的にマスターしたという人がいます。あるいは写経といって、人の訳文をひたすら写して写して写しまくることで腕を磨いた人もいます。で、僕の場合、これは30代にまだプロとしての翻訳を始めたばかりの頃のことなんですが、とある本の勉強会やりました。それがヴィトゲンシュタインの「論理哲学論考」(Tractatus Logico-Philosophicus)。これは7つのパートに分かれているんですが、これを母校の学生さんたちと夏休みにひたすら講読したわけです。これがまあ分からない。分からないことしか分からないというくらい分からない。分からないから、結局、言葉一つ一つの意味に戻るしかないんですね。

 

たとえば、本文の冒頭は、

 

1 The world is everything that is the case.

 

1.1 The world is the totality of facts, not of things.

 

こんな感じ。で、これを理解するために、英英辞典とかを使って、とにかく一語一語の意味に立ち戻って理解しようとするわけです。言葉を再定義すると言っても良い。それまでいい加減に使ってきた言葉を一つ一つ、よーく考えて自分なりに理解していく。それしかこれを理解する方法がないと思ったわけです。fact という言葉にしても、フランス語の fait、あるいはラテン語の factum といった言葉の由来から考えていく。こういうのを夏休みに狭い部室で4時間やってたりしました。恐ろしいことに4時間やって1語しか分からない。でもこの経験が今を作ったといっても言い過ぎじゃないと思うんですね。ということで、僕がお勧めはしないけど、でも読んでみて欲しい本はこれです。濫読・積ん読もいいですが、たまには一冊の本と徹底して向き合ってみたらどうでしょう。
 

-------------------------------------------------------------------


宮坂 聖一(みやさか せいいち)

株式会社ハマーン・テクノロジー代表取締役。コンピュータマニュアル、A/V機器などのテクニカルなものから、政治経済、映画台本、歌詞対訳まで、硬軟問わず幅広く手がける。アイ・エス・エス・インスティテュートでは、英語翻訳者養成コース、総合翻訳科「実践実務科」クラスを担当。

 

-------------------------------------------------------------------

 

 

| ISSライブラリー 〜講師が贈る今月の一冊〜 | 10:00 |
ISSライブラリー 〜講師が贈る今月の一冊〜 第22回 : 蘇馨先生(中国語通訳)

 

ライブラリー蘇先生(もものかんづめ).PNG  ライブラリー蘇先生(さるのこしかけ).PNG  ライブラリー蘇先生(たいのおかしら).PNG

 

 

先生方のおすすめする本が集まったISSライブラリー
プロの通訳者・翻訳者として活躍されているISS講師に、「人生のターニングポイントとなった本」「通訳者・翻訳者として必要な知識を身につけるために一度は読んでほしい本」「癒しや気分転換になる本」「通訳・翻訳・語学力強化のために役立つ参考書」等を、エピソードを交えてご紹介いただきます。

今月の一冊は、中国語通訳者養成コース講師、蘇馨先生ご紹介のもものかんづめ』『さるのこしかけ』『たいのおかしら(さくらももこ著、集英社文庫2001年、2002年、2003年)です。

 

-------------------------------------------------------------------

 

中学生の時だったでしょうか、ニュース番組で流れていた首脳会談で、VIPの後ろで淡々とメモをとりながら訳している通訳者の姿を見て、通訳という職業に強い憧れを感じました。それ以来英語を猛勉強して、目標に向かって突き進みました。しかし、運命のイタズラとでも言うべきでしょうか。なぜか十何年後に日本語の通訳者になってしまいました。当たらずとも遠からずというところでしょうか。

 

ご存知のように通訳者に一番求められるのは語学力です。語学勉強において多くの人に共通するのが「化石化」です。つまりある程度通じるレベルに達するとそれ以上伸びなくなり、上達が止まってしまう現象です。10年ほど前に私も一度激しく「化石化」したことがあります。その時に出会ったのがさくらももこさんのエッセイでした。

 

下らないことも恥ずかしいことも笑えるエピソードに変えて、読んでいるとニヤニヤしたり、急に笑い出したりしてしまうほど面白かったです。村上も太宰もそっちのけでももこ一色の読書生活になりました。日本語をやっていてよかった、このエッセイを中国語に訳してみたい、日本人より日本語がうまいと言われたいという欲まで出てきました。その欲こそが「化石化」から脱出する原動力になったわけです。そしてエッセイに出てきた「トコちゃんベルト」のおかげで、出産で開いた骨盤が完璧に元に戻りました。いいことずくめです。まさに一瞬早すぎず、一瞬遅すぎない時に出会った本でした。

 

エッセイは語学勉強において潤滑油のような役割を果たしているのではないかと思います。孔子や荘子など難しい中国語を知っているのにもかかわらず、「包帯を巻く」の「巻く」を「绑」と訳すべきなのか、「系」と訳すべきなのか、それとも「缠」と訳すべきなのかで悩む日本人の生徒さんはかなりいます。堅苦しくなく日常生活の自然な表現はエッセイでたくさん学べます。中国語で書かれているエッセイもいろいろあるのですが、「化石化」した方にお勧めしたい一冊は汪曾祺先生「五味」です。中国料理の歴史と食文化をユーモラスに描き、北から南まで自分も一緒に旅をしているような気分になれます。語学勉強もかねて行ったつもりで中国。もちろん空腹時はキケンですよ。

 

-------------------------------------------------------------------

 

蘇 馨(そ しん)
横浜国立大学教育学部卒業。アイ・エス・エス・インスティテュートで翻訳、通訳訓練を受ける。その後、フリーランスの通訳、翻訳者に。証券会社などの企業研修講師。現在中国語通訳者養成コース通訳科1を担当。

 

-------------------------------------------------------------------

 

| ISSライブラリー 〜講師が贈る今月の一冊〜 | 09:00 |
ISSライブラリー 〜講師が贈る今月の一冊〜 第21回 : 和田泰治先生(英語通訳)

 

ライブラリー和田先生.PNG

 

先生方のおすすめする本が集まったISSライブラリー
プロの通訳者・翻訳者として活躍されているISS講師に、「人生のターニングポイントとなった本」「通訳者・翻訳者として必要な知識を身につけるために一度は読んでほしい本」「癒しや気分転換になる本」「通訳・翻訳・語学力強化のために役立つ参考書」等を、エピソードを交えてご紹介いただきます。

今月の一冊は、英語通訳者養成コース講師、和田泰治先生ご紹介の『ビートルズ詩集(1)(2)』(ジョン・レノン、ポール・マッカートニー著、片岡義男訳、角川文庫、1973年)です。

 

-------------------------------------------------------------------

 

私が洋楽を聴き始めたのは中学校に入学してからなので1973年ということになる。ビートルズが解散したのが1970年で、それから3年が経過していたが、音楽の中心はまだビートルズだった。10歳年上の兄が友人からビートルズのシングル盤(当時のOdeonレーベル盤)をたくさん借りてきていて家のボロボロのオーディオで毎日聴いたり、レコードに合わせて歌ったりしていた。

 

当時は中学一年生で英語もろくにわからなかった。"Please Please Me"は「お願い、お願い」だとずっと思っていた。「それにしても何でMeがついてんだ。自分にお願いしてんのか!?」と不思議だった。「抱きしめたい」を聴いた時には "I can't hide" が「アゲハ」にしか聞こえなかった。何で日本語で歌ってるんだと真剣に思っていた。(因みにボブ・ディランは同じフレーズをずっと "I get high"だと思っていたらしい)。

 

その程度ではあったけれども、間違いなく、生まれて初めて教科書以外の生の英語に触れたのはビートルズだった。この原体験がなければ自分と英語との関係は今とは全く違ったものになっていただろう。

 

しばらくして学校のビートルズマニアの友人から中古のLPレコードを500円で譲ってもらった。「ステレオ!これがビートルズVol.1」というデビューアルバムの日本独自編集盤だったが、生まれて初めて自分の小遣いで手に入れたビートルズのアルバムだった。今のようにオンラインで簡単に動画が見られる時代ではなく、LPレコードも高価で、お年玉を貯めて一年に一枚か二枚しか買えない時代だった。


その年のクリスマスにデパートで輸入盤のバーゲンセールをやっていて、ここで母がビートルズのベスト赤盤、青盤を両方買ってくれた時は飛び上がるほど嬉しかった。それぞれ二枚組みで、ビートルズの全樂曲のうちのごく一部ではあるけれどデビューから中期、解散期までの代表曲を一気に聴くことができた。

 

この時初めてビートルズの後期の歌を聴いたのだが衝撃的だったのは歌詞である。それまで初期のストレートなラブソングばかりを聴ていたのに、ビートルズ後期のベスト盤である青盤の1曲目がいきなり"Strawberry Fields Forever"だった。

 

それ以外にも "I Am The Walrus" とか "Lucy In The Sky With Diamonds"など、前期のビートルズとは全く違う歌の世界に心の底から驚き、ビートルズの凄さにさらにのめり込んだ。そしてそれに合わせて英語の歌詞への興味もこれまで以上に膨らんだ。ビートルズの歌詞の世界をもっと極めたいと思った。

 

そんな時、件のビートルズマニアの友人が「ビートルズファンだったらこれは絶対買わなきゃだめだ!」と言って教えてくれたのが、その年に刊行された片岡義男氏の翻訳による「ビートルズ詩集」だった。楽曲のタイトル自体も翻訳されていて、これまではっきり意味のわからなかった歌詞も理解できるよになり本当に勉強になった。

 

今あらためて読み返してみても訳者の独りよがりなレトリックなどが無く、ジョン・レノンやポール・マッカートニーの詩の世界をストレートに伝えてくれる好著だと思う。

 

この本を読んでからまたあらためて原語に戻って歌を聴き、意味を理解しながらレコードに合わせて英語を声に出して歌ってみたり、自分ならこんな風に翻訳しようなどと思いを巡らせたりしたこともある。

 

中学生の時にビートルズに傾注したことが自分の英語の礎になっているのは間違いないと思う。そして何よりそんな多感な時代に言葉を知る楽しさを教えてくれたのがビートルズだった。

 

「ビートルズ詩集」には今もそんな若かりし自分自身が宿っている。

 

-------------------------------------------------------------------


和田 泰治(わだ やすじ)
明治大学文学部卒業後、旅行会社、マーケティングリサーチ会社、広告会社での勤務を経て1995年よりプロ通訳者として稼働開始。スポーツメーカー、通信システムインテグレーター、保険会社などで社内通訳者として勤務後、現在はフリーランスの通訳者として活躍中。アイ・エス・エス・インスティテュートでは主に入門科・基礎科レベルを担当。
 

-------------------------------------------------------------------

 

| ISSライブラリー 〜講師が贈る今月の一冊〜 | 10:00 |
ISSライブラリー 〜講師が贈る今月の一冊〜 第20回 : 近藤はる香先生(中国語通訳)

 

ライブラリー画像近藤先生.PNG

 

先生方のおすすめする本が集まったISSライブラリー
プロの通訳者・翻訳者として活躍されているISS講師に、「人生のターニングポイントとなった本」「通訳者・翻訳者として必要な知識を身につけるために一度は読んでほしい本」「癒しや気分転換になる本」「通訳・翻訳・語学力強化のために役立つ参考書」等を、エピソードを交えてご紹介いただきます。

今月の一冊は、中国語通訳者養成コース講師、近藤はる香先生ご紹介の『新樹の言葉』(太宰治著、『ろまん灯籠』角川書店、1955年初版)です。

 

-------------------------------------------------------------------

 

「君たちは、幸福だ。大勝利だ。そうして、もっと、もっと仕合せになれる。私は大きく腕組みして、それでも、やはりぶるぶる震えながら、こっそり力こぶいれていたのである。」

 

中学の時、夢中になって読んだ本に『モンテクリスト伯』(岩波文庫)があります。『巌窟王』とも呼ばれる作品です。非現実的な展開と超人的な主人公の能力に、思春期の私はどこか冷ややかで、可愛げのない読者でしたが、そんな私が「夢中になって読んだ」理由は、主人公の監獄での超人的な執着と結末の虚しさでした。


驚く方もいるかもしれませんが、実は私は「競争」が非常に苦手で、甲乙をつけられるのも、甲乙をつけるのも大嫌い、恐怖さえ感じます。しかし高校受験を控えたあの頃は、そんなきれいごとも言っていられず、「『競争心』が欲しい」、「せめて『○○高校に絶対受かりたい』という気持ちが欲しい」と悩み、『モンテクリスト伯』を読みながら、「すばらしい!恨みでも復讐心でも何でもいいから、死に物狂いになれる原動力が欲しい」と思ったものでした。そして、最後まで読み進めて襲われた空虚感。もやもやとしつつも、「不純な動機で得たものは、ただ空しいだけ」とスッキリしたのを覚えています。


冒頭に掲げたのは『モンテクリスト伯』の一節ではありません。太宰治の短編『新樹の言葉』の結びの言葉です。没落した良家の若い兄妹二人が、元々自分たちの住んでいた屋敷が火事で燃えるのを「二階にも火が回ったね」などと淡々と話しながら眺めているのを見て、主人公が心の中で叫んだ言葉です。恨みや妬みだけではなく、感傷さえもない兄妹。まさに無欲そのもの。そして、無欲だからこそ仕合せそうでした。この短編を読み、二人に憧れ、「何かを得ることが幸せなのではない。欲を捨てることが幸せなのだ」と、それ以来「こだわると生きづらい」を座右の銘に、欲を捨てる修練を人生としています。


幸い平和で豊かな時代に生まれ、復讐や恨みに苛まれることは少なく、「所有欲」や「競争心」という、扱いようによっては「向上心」に繋がるものが今の世の中の大多数の人の「欲」でしょう。しかし、私はそれも捨てたいと思っています。


きれいごとを言うようですが、学業も通訳・翻訳の仕事も、いい評価がほしい、もっとうまくなりたい、認められたい…などと思って取り組んだことはありません。気持ちと体がいつの間にか自然とそちらに向いていたから、ただ流れに乗ってやってきただけです。勿論「認められたい」「負けたくない」という気持ちが一切起こらなかったわけではありませんが、全く持続しませんでした。また、そういう気持ちで取り組むと結果も非常に悪く、意識して振り払うようにしていたのも事実です。


「通訳は黒子」です。ビジネスや文化交流、外交など非常に重要な場面で、要となる仕事をするにも関わらず、私たち通訳は永遠にその主体とはなりえません。自己顕示欲や競争心は絶対にタブーです。「黒子」――「無欲」になることが通訳としての私の追求です。


人間「欲」があるのが自然で、恐らくそれをうまくコントロールできれば問題ないのだと思います。自信ややる気に繋がるならば、「自己顕示欲」や「競争心」も否定はできません。ただ『新樹の言葉』を読んだ時の、あのスカッとした気持ち、天から光が差したような感覚は「無欲」も一つの力、何かを成し遂げるのに道は一つではないと教えてくれるような気がします。学業、仕事、人生において「無欲」になろうとすることが、私の力になっています。

 

-------------------------------------------------------------------

 

近藤 はる香(こんどう はるか)

横浜市立大学国際文化学部卒業。10年の中国留学を経て、帰国後フリーランス通訳者、翻訳者として稼働中。アイ・エス・エス・インスティテュートでは中国語通訳者養成コース基礎科1を担当。

 

-------------------------------------------------------------------

 

 

| ISSライブラリー 〜講師が贈る今月の一冊〜 | 09:00 |
ISSライブラリー 〜講師が贈る今月の一冊〜 第19回 : 寺田容子先生(英語通訳)

 

先生方のおすすめする本が集まったISSライブラリー
プロの通訳者・翻訳者として活躍されているISS講師に、「人生のターニングポイントとなった本」「通訳者・翻訳者として必要な知識を身につけるために一度は読んでほしい本」「癒しや気分転換になる本」「通訳・翻訳・語学力強化のために役立つ参考書」等を、エピソードを交えてご紹介いただきます。

今月の一冊は、英語通訳者養成コース講師、寺田容子先生ご紹介の楽しく学べる「知財」入門』(稲穂健市著、講談社現代新書、 2017年)です。

 

-------------------------------------------------------------------

 

私は小説やフィクションにあまり興味がありません。世間で面白いといわれる文学があると、そんなに言うならと手に取ることがありますが、冒頭ですぐに退屈してやめてしまいます。あるいは直ちに最終章へ飛びます。

 

フィクションでも映画やドラマなら好き。では、単なる活字嫌いかというと、そうでもなく、実用書の類はよく読みますし、楽しんでいます。

 

ご紹介する稲穂健市さんの「楽しく学べる『知財』入門」もそうした実用書の1つです。知的財産権に含まれる著作権、特許権、実用新案権、意匠権、商標権などについて、東京五輪エンブレム騒動など話題の事案をふんだんに盛り込みながら、素人にも分かりやすく説明しています。

 

本来、専門性が極めて高い知財という難解なテーマですが、ユーモアに富んだリズムよい文章に冒頭から吸い込まれ、飽きる暇がないうちに最後まで読み終えると、自然と知財の正しい概念や5つの権利の違いなどを理解することができます。

 

通訳と何の関係があるんだと言われそうですが、大いに関係しています。

 

通訳の諸先輩方からよく指摘されるのが、幅広い教養を身につける必要性です。通訳がカバーする分野は幅広いため博学な人が優れた通訳になり、優れた通訳はさらに博学になっていくのを目前で見てきました。フリーランスで仕事をしていると“現場にいる自分以外全員専門家”という状況が多かれ少なかれあります。私の関わっている放送通訳という分野でも、オーディエンスはお茶の間の視聴者ですが、現場のスタッフはその道のオールスター。(わが身可愛さで詳細は伏せますが)付け焼刃の知識しかないために地雷原で無様に這い回る経験をしたことがあります。

 

そこで、自分の知らない分野を深く勉強したいと思った時に叩く最初の扉として、こうした入門書が便利だと思っています。

 

稲穂さんの知財本はいずれもそうなのですが、堅いテーマにするっと入っていける工夫を感じます。英会話のAEONとスーパーのAEONは両立するのか、「どこでもドア」の商標登録がドラえもん関係でない理由、マツモトキヨシは全国の松本清さんから承諾を取ったのか等々、親しみのある題材を愉快に取り上げながら、知的財産権の世界を明確に理解する実用的な知識を与えてくれます。残念ながらこの本だけで弁理士にはなれませんが、世の中の知財、模倣、パクリ問題に、少し違う角度からの関心を持てるかもしれません。

 

最近、実家で荷物を整理していた時に、その昔のISSの成績表を発見しました。一番下にある先生の一言は「日本語を豊かにするために本を読んでください」。

 

全くおっしゃる通りで笑えます。放送通訳をしていると時々出くわす“詩を朗読しだす人”
や“シェークスピアをそらんじる人”を何よりも恐れる、文学芸術音痴の今の私の姿を、先生は20年近く前にすでにお見通し。それでは、ということで、私の枕元には某ノーベル文学賞候補の作品が、課題図書として積まれています。私は文学がダメなのではない、せっかちで最後まで読まないだけなのだと信じ、来年のノーベル賞シーズンまでには何とか制覇して、いよいよ文学センスを開眼させたいです。

 

-------------------------------------------------------------------

 

寺田 容子(てらた ようこ)
東京外国語大学卒業。アイ・エス・エス・インスティテュート放送通訳科で学び、2001年より放送通訳者として稼働を始める。現在は、NHK、CNN、BBC、その他各テレビ局にて、報道全般、記者会見、スポーツ、米大統領選挙報道など、多岐にわたるテレビ放送の同時通訳および時差通訳を中心に活躍中。アイ・エス・エス・インスティテュートでは横浜校「基礎科」および「プロ通訳養成科1」クラスを担当。

 

-------------------------------------------------------------------

 

 

| ISSライブラリー 〜講師が贈る今月の一冊〜 | 09:00 |
ISSライブラリー 〜講師が贈る今月の一冊〜 第18回 : 名村孝先生(英語翻訳)

 

名村先生ライブラリー.png

 

 

先生方のおすすめする本が集まったISSライブラリー
プロの通訳者・翻訳者として活躍されているISS講師に、「人生のターニングポイントとなった本」「通訳者・翻訳者として必要な知識を身につけるために一度は読んでほしい本」「癒しや気分転換になる本」「通訳・翻訳・語学力強化のために役立つ参考書」等を、エピソードを交えてご紹介いただきます。

今月の一冊は、英語翻訳者養成コース講師、名村孝先生ご紹介の『ビジネス技術実用英語大辞典V5 英和編&和英編』(海野文男・海野和子著、プロジェクトポトス、2010年です。

 

-------------------------------------------------------------------

 

どんな辞書を使っておられますか。私がよく利用するのは、『ランダムハウス』、『COBUILD』、英訳時には『和英大辞典』に加えてコロケーションを調べるのに『英和活用大辞典』と『Oxford Collocations Dictionary』が重宝します。単語の語法を調べたい時には『ジーニアス』が役立ちます。

 

一般にはあまり知られていませんが、翻訳者仲間では必携とされる有名な辞書があります。『ビジネス技術実用英語大辞典』通称「海野さんの辞典」です。私の講座では最初の授業でこの辞書を推薦しています。

 

自らが翻訳者である海野さんご夫妻が丹念に集められた数多くの用例と良く考えられた訳文により、文脈に応じて微妙に変わる単語の意味が明示されています。英文学者が編纂した辞書が文学的な訳語を中心に載せているのに対し、この辞書はビジネスや技術の観点の訳語が満載であり、実務翻訳者にはなくてはならないものです。私自身も適切な訳語が思いつかず悩む時にはこの辞書の用例を順に見ていくと類似の表現を見つけて救われたことが幾度となくあります。商品価値の高い訳文を作るためには欠かせない辞書です。

 

また、英訳する時は和英辞典を使いますが、これが曲者で、和英辞典に載っている訳語をそのまま使うと誤訳になる場合があります。例えばLEDの「放熱」を和英大辞典で調べるとheat radiationしか載っていませんが、文脈によってはこれを使うと誤訳になります。「放熱」には2つの意味(積極的に熱を放射する場合と、不要な熱を放散する場合)がありますが、和英大辞典には前者しか載っていません。海野さん辞書には後者のheat dissipationも載っています。和英辞典を使う時には海野さんや英英辞典で裏を取る必要があります。

 

この辞典は一冊目の基本辞書としてではなく、他の英和/和英辞典の補助として使うものですが、同時に欠かせない一冊です。

 

紙版もありますが、ここはCD-ROMを選ぶべきでしょう。パソコンで辞書引きをしたほうが作業効率がはるかに高くなります。ロゴヴィスタ版もありますが、EPWING版をお薦めします。EBWinなどの閲覧ソフトを使って多数の辞書の串刺し検索ができるからです。現在V5のEPWINGは在庫切れのようですが、ダウンロード販売は行われているようです。

 

先日の翻訳フォーラムのシンポジウムに参加された海野さんご夫妻によると、現在V6を編纂中で2017年末に発売予定とのこと。発売を今から楽しみにしています。

 

-------------------------------------------------------------------


名村 孝(なむら たかし)
京都大学工学部電子工学科修士。電機メーカーに技術者として通算29年間勤務した後にフリーランス翻訳者となる。主に電気電子分野の特許明細書の日英翻訳を手掛けている。アイ・エス・エス・インスティテュートでは特許翻訳講座を担当。

 

-------------------------------------------------------------------

 

| ISSライブラリー 〜講師が贈る今月の一冊〜 | 09:00 |
ISSライブラリー 〜講師が贈る今月の一冊〜 第17回 : 貝塚峰子先生(英語通訳)

 

先生方のおすすめする本が集まったISSライブラリー
プロの通訳者・翻訳者として活躍されているISS講師に、「人生のターニングポイントとなった本」「通訳者・翻訳者として必要な知識を身につけるために一度は読んでほしい本」「癒しや気分転換になる本」「通訳・翻訳・語学力強化のために役立つ参考書」等を、エピソードを交えてご紹介いただきます。

今月の一冊は、英語通訳者養成コース講師、貝塚峰子先生ご紹介の『不実な美女か貞淑な醜女か』(米原万里著、新潮文庫、1997年です。

 

-------------------------------------------------------------------


「通訳者」と言えば、言語が通じ合わない人たちの間でコミュニケーションが取れるように、それも、まるで異なる言語で話が通じ合っているかと錯覚されるくらいスムーズに会話が進むよう橋渡しをする、いわば「黒子」だとの例えをよく聞きます。黒子ゆえに目立ってはいけない存在なのです・・・が、私の知る限り、この「通訳」という職に就いた人には、実に個性の強い人が多い。中でも、私の中に強烈に印象に残っている通訳者が、米原万里さん。実は、惜しい事に、すでに故人なのですが、第一線で活躍していらした、ロシア語の同時通訳者でした。さらに凄い事に、米原さんは、作家・小説家でもいらした才女なのです。優秀な通訳者だけに、言語力・表現力が極めて高かったのでしょうが、決して、それだけではありません。「黒子」であるはずの通訳者の枠だけに収まりきらない、何とも興味深い「人間力」があった方でした。

 

ロシア語と英語という担当言語の違いはありましたが、私は、幸運なことに、一度だけ、米原さんが通訳をされる現場に同席させていただいた事があります。ノーベル賞受賞者を日本に招き、様々なテーマの下で講演や意見交換をしていただく「ノーベル・フォーラム」で、まだ「同時通訳者」としては半人前とも言えなかった私にも、少し荷が軽めの、夕食会でのウィスパリングの仕事が与えられた時のことです。夕食会には、その年のフォーラムに招待された受賞者が集うのですが、その年は、なんと旧ソ連のゴルバチョフ元書記長(平和賞受賞者)が、講演者の一人でした。そのゴルバチョフ氏の隣には、すでにテレビなどでの露出があり、通訳者としても有名だった米原さんの姿がありました。私は、「ゴルバチョフ書記長だ!」というミーハーな気持ち以上に、世界の歴史の一頁を飾ったとも言うべき、そのゴルバチョフ氏の隣で、「通訳者」というより同行している家族のように会話を交わす米原さんに敬服するばかりでした。もちろんロシア語など一言も解さない私は、夕食会で自分の仕事をこなしつつ、米原さんが口を開くたびに、耳をダンボのように広げて、一言も聞き漏らすまいと聞き入っていました。そして、思ったものです・・・米原さんってオモシロイ!と。人を惹きつける話し方が、誰よりも上手なのだと実感しました。「黒子」でも、「人の関心を引く」訳出ができる通訳者なのです。言葉が相手に伝わらない話者にとって、これほど有難い通訳者はいないでしょう。自分はどんなに頑張っても、意思疎通ができないのに、米原万里さんという通訳者を通せば、相手が惹きつけられるのですから。

 

今回、ご紹介する本は、その米原さんの著書で「不実な美女か貞淑な醜女か」。タイトルからは、なかなか内容が想像しにくいですが、この本には、通訳者なら誰しも、大なり小なり、いいえ、遅かれ早かれ感じるジレンマが、通訳者の苦労・苦悩・やり甲斐と共に、面白おかしく、ご本人の経験を元に描かれています。でも、そこは、言葉の魔術師が書いた本ですから、単なる経験談ではなく、もう抱腹絶倒の展開で書かれています。果たして、通訳者は「多少正確さに欠けても、訳出が美しければ良い(=不実な美女)」のか、「起点言語に忠実に訳してあれば、ぎこちない訳でも良い(貞淑な醜女)」のか?・・・この答えは、是非、米原万里さんの著書を読んで、通訳者の方も、通訳者を目指す方も、自分で見出していただきたいと思います。

 

-------------------------------------------------------------------

 

貝塚 峰子(かいづか みねこ) 
フリーランス通訳者。放送通訳を中心に稼働中。また、テレビ局の国際共同制作番組のコレスポンデンスや契約書、脚本の翻訳なども担当。放送通訳以外にも、ファッション・スポーツなど、様々な分野でセミナー・会議通訳者としても活躍中。子供から大学生を対象にした英語のレッスンから企業向け通訳研修まで、豊富な指導経験を持つ。アイ・エス・エス・インスティテュートでは東京校「基礎科」および横浜校「入門科」を担当。

 

-------------------------------------------------------------------

 

| ISSライブラリー 〜講師が贈る今月の一冊〜 | 09:00 |
ISSライブラリー 〜講師が贈る今月の一冊〜 第16回 : 塚崎正子先生(英語翻訳)

 

先生方のおすすめする本が集まったISSライブラリー
プロの通訳者・翻訳者として活躍されているISS講師に、「人生のターニングポイントとなった本」「通訳者・翻訳者として必要な知識を身につけるために一度は読んでほしい本」「癒しや気分転換になる本」「通訳・翻訳・語学力強化のために役立つ参考書」等を、エピソードを交えてご紹介いただきます。

今月の一冊は、英語翻訳者養成コース講師、塚崎正子先生ご紹介の『新 英和活用大辞典』(勝俣銓吉郎編、研究社、1939年)『新編 英和活用大辞典』(市川繁治郎他編、研究社、1995年)です。

 

-------------------------------------------------------------------


これは辞書ですが、私にとっては英語の道を志すターニングポイントとなった思い出深い「本」です。思い入れの深さから、担当しているレギュラーコースや短期コースの初回オリエンテーション時に、いつも熱く語ってしまいます。

 

この「本」との出会いは衝撃的でした。英語に興味を持ち始めた高校生の頃、自宅の書棚の片隅で見つけた、かび臭く、角がすり切れた分厚い辞書。中身を見ると、見慣れた日本語表記とは明らかに違う、「てふてふ」なんていう表記も!? そうです、旧仮名遣いで書かれていたのです(ちなみに、「てふてふ」は「ちょうちょう(蝶々)」のことです)。それ以上に不思議だったのは、ページをめくると短い例文だらけで、普通の辞書と比べて訳語があまり記載されていません。使い方すら分かりませんでした。

 

その辞書とは、1939年(昭和14年)、勝俣銓吉郎編集のもと出版された『新 英和活用大辞典』でした。一般の辞書とは少し異なり、名詞を中心としたコロケーション(連語)が紹介されています。例えば、「…に関する報告書を提出する」の英文を、report(名詞)を使って書きたいとします。この辞書でreportを引くと、reportを目的語とする動詞や、reportの後ろに続く前置詞が列挙されています。日本人が英訳をするときに、非常に助けとなる辞書です。

 

勝俣氏の優れたところは、コロケーションやコーパスなどという概念がまだない頃に、英語にはお互いに仲の良い単語があるということに気がつき、膨大な数の英文を収集し、それを整理してまとめ上げたこと。その収録用例数は実に20万!データが電子化された1995年版の『新編 英和活用大辞典』(市川繁治郎他編)が38万であることを考えると、これがどれほどの数かは想像できるかと思います。ましてや、コンピュータもインターネットもGoogleもない時代です。アナログでの作業は非常に時間がかかり、根気のいる作業だったと思います。

 

この古い辞書を見ていると、用例を通して当時の人の息吹が聞こえてくるような感じがします。また、編者はどういう考えのもとに、収録する用例を取捨選択したのだろうかと、想像するのも楽しいです。しかし、現実には言葉は生きています。新しい表現が生まれる一方で、廃れてしまった表現もあるでしょう。事実、新編になった段階で、当初の用例の半数以上が削除されたと聞いています。さらに言えば、新編ですら20年以上前ですから、時代遅れなところもあるでしょう。ただ、当時の編集者たちが注ぎ込んだ情熱は、決してあせることはないでしょう。

 

『新 英和活用大辞典』は、翻訳の仕事を始めた頃、私をいつも助けてくれた辞書ですが、それ以上に、私に強烈なパワーを持って「英語の単語」に対する興味をわき起こさせてくれた大切な一冊の「本」でもあります。

 

-------------------------------------------------------------------

 

塚崎 正子(つかさき まさこ)
お茶の水女子大学文教育学部外国文学科英文学(当時)卒業。電気メーカーに入社後、フリーランス翻訳者となる。移動体通信、コンピュータ、医用機器を中心とした分野に関する各種マニュアル、学術論文、契約書などの英日/日英翻訳を手がける。アイ・エス・エス・インスティテュートでは総合翻訳科・基礎科1&2レベルを担当。

 

-------------------------------------------------------------------

 

| ISSライブラリー 〜講師が贈る今月の一冊〜 | 09:00 |

☆好評連載中!
『柴原先生のワンランクアップの英語表現』
banner_shibahara.jpg

CATEGORIES

RECOMMEND BOOKS


SELECTED ENTRIES

CALENDAR
S M T W T F S
     12
3456789
10111213141516
17181920212223
24252627282930
<< June 2018 >>

リンク

モバイル
qrcode