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ISSライブラリー 〜講師が贈る今月の一冊〜 第49回:柴原智幸先生(英語通訳)

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先生方のおすすめする本が集まったISSライブラリー

プロの通訳者・翻訳者として活躍されているISS講師に、「人生のターニングポイントとなった本」「通訳者・翻訳者として必要な知識を身につけるために一度は読んでほしい本」「癒しや気分転換になる本」「通訳・翻訳・語学力強化のために役立つ参考書」等を、エピソードを交えてご紹介いただきます。
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今月は、英語通訳者養成コース講師、柴原智幸先生がご紹介する「形」(菊池寛著小澤征爾さんと、音楽について話をする」(小澤征爾著, 村上春樹著, 新潮文庫, 2014年)です

今月より4回にわたり、柴原智幸先生のおすすめ本をご紹介します。

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まずは、菊池寛の「形」という短編をご一読ください。

 

作品のテーマやメッセージとは、ずれるかもしれませんが、私は自分の力を伸ばすうえで、この若武者の取った方法を大いに活用すべきだと思います。
まずは第一級の力をもっている人に、自分を重ね合わせてみる。その人が何をどう見ているのかを体感してみる。
そして、くみ取れた部分だけでも良いので、自分でも振り回してみる。要は「分かった」と思ったことを「使いこなせる『技』」として定着することを試みるわけです。
最初のうちは「狐假虎威」というような次元でも構いません。やがてそれは自分の中に定着し、自分の力を増してくれるはずです。

 

というわけで、だいぶ太めの狐である私が、ここ数年で「威を借りた」虎さんたちと、その中でも特に印象的だった一節を列挙いたします。

 

 

 

「小澤征爾さんと、音楽について話をする」 小澤征爾、村上春樹 著 新潮社

 

小澤 「ただね、このオーケストラの演奏は、子音が出てこないですね」
村上 「子音が出てこない?」
小澤 「それぞれの音の出だしがないということですね」
村上 「……まだよくわからないです」
小澤 「うーん、何と言えばいいのかな、『あああ』というのが母音だけの音です。それに子音がつくと、たとえば『たかか』とか『はささ』という音になります。要するに、母音にどういう子音をつけていくかですね。『た』とか『は』とかを最初につけるのは簡単なんです。でもそれに続く音がむずかしい。『たたた』というと子音ばかりになって、メロディーが潰れちゃうけれどそれを『たらぁらぁ……』と行くか、それとも『たわぁわぁ……』で行くかで音の表情が変わってきます。音楽的に耳が良いというのは、その子音と母音のコントロールができるということです。このオーケストラはしゃべりに子音が出てこないね。いやな感じはしないですけれどね」(p.73)

 

 

(8月掲載に続きます。)

 

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柴原 智幸(しばはら ともゆき)
上智大学外国語学部英語学科卒業。英会話講師、進学塾講師、フリーランス通訳者を経て、英国University of Bath大学大学院通訳翻訳コース修了後、BBCに放送通訳者として入社。2011年より2017年まで、NHKラジオ講座「攻略!英語リスニング」講師。現在は大学講師、NHK放送通訳者・映像翻訳者として活躍中。
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| ISSライブラリー 〜講師が贈る今月の一冊〜 | 09:32 |
ISSライブラリー 〜講師が贈る今月の一冊〜 第48回:中村匡志先生(英語翻訳)

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先生方のおすすめする本が集まったISSライブラリー

プロの通訳者・翻訳者として活躍されているISS講師に、「人生のターニングポイントとなった本」「通訳者・翻訳者として必要な知識を身につけるために一度は読んでほしい本」「癒しや気分転換になる本」「通訳・翻訳・語学力強化のために役立つ参考書」等を、エピソードを交えてご紹介いただきます。
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今月の一冊は、英語翻訳者養成コース講師、中村匡志先生ご紹介の古代への情熱−−シュリーマン自伝」(ハインリッヒ・シュリーマン著, 村田数之亮訳, 岩波文庫, 昭和51年改版(初版は昭和29年)です

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翻訳家はもちろん、語学を志す者ならまず最初に読むべき書である。

 

といっても、必ず読むべきなのは9ページから40ページまでの32ページ分に過ぎない。あとの部分は、読んでも読まなくてもよい。

 

なぜなら、この32ページの中に、語学上達の方法論が凝縮されているからである。

 

一番肝になる部分を引用すると、次の通りである。

 

「そこで私は異常な熱心をもって英語の学習に専心したが、この時の緊急切迫した境遇から、私はあらゆる言語の習得を容易にする一方法を発見した。

 

このかんたんな方法とはまずつぎのことにある。非常に多く音読すること、決して翻訳しないこと、毎日1時間あてること、つねに興味ある対象について作文を書くこと、これを教師の指導によって訂正すること、前日直されたものを暗記して、つぎの時間に暗唱することである。〔…〕できるだけ早く会話をものにするために、日曜日には英国教会の礼拝にいつも2回はかよって、説教を傾聴し、その一語一語を低く口まねした。どのような使い走りにも、雨が降ってももちろん、一冊の本を手に持って、それから何かを暗記した。何も読まずに郵便局で待っていたことはなかった。こうして私はしだいに記憶力を強めて、3か月後にははやくもわが教師テイラー氏とトンプソン氏の前で、いつもその授業時間には印刷された英語の散文20ページを、もしあらかじめ3回注意して通読していたならば、文字どおりに暗誦することができた。この方法によって私はゴールドスミスの『ウェイクフィールドの牧師』の全部とウォルター・スコットの『アイヴァンホー』とを暗記した。過度の興奮のために私はごくわずかしか眠れないので、夜中にさめているすべての時間を利用して、夕方に読んだことをもう一度そらでくり返した。〔…〕私はこのような方法をなんぴとにも推薦する。このようにして私は半か年の間に英語の基礎的知識をわがものにすることができた。

 

つぎに私は同じ方法をフランス語の勉強にも適用して、次の6か月でそれに熟達した。」
(同書25-26頁。但し、漢数字をアラビア数字に改めた)

 

私が本書を読んだのは大学を卒業し、就職して間もない頃であった。その職場では「英独仏読めて当たり前」というような感じでかなりの語学力が要求されたため、浅学菲才の私は困り果てて片っ端から語学習得法の本を読み漁ったのである。その過程で見つけたのが上記の部分であった。

 

いろいろ刺激的なフレーズが並ぶが、私が当時最も強く印象を受けたのは、「決して翻訳しないこと」というフレーズである。中学・高校で叩き込まれたいわゆる「訳読」をしている間は、結局日本語の枠組で物事を考えているにすぎず、本当に外国語ができることにはならない。日本語を介してでなく、習得しようとしている言語そのもので直接に物事を考えるようになってはじめて、その言語を習得することができる、ということに気づいたのである。

 

その確信から、私は一度仕事を辞めて留学することにした。

 

その後、私は翻訳業を生業とすることになったが、このような「翻訳しない」期間、「原語で考える」期間を経て本当に良かったと思っている。私の信念と経験によれば、仝狂譴鮓狂譴箸靴討泙才解し、⊆,法屬修譴鯑本語で表現するならばどうなるか」を考える、という手順でなければ、真の意味で正確な翻訳は生み出し得ない。

 

そのことに気付けたのは、シュリーマンのこのフレーズの御蔭である。

 

この意味で、本書は私の人生に大きな影響を与えた書である。翻訳を志す方にはぜひ推薦したい。

 

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中村 匡志(なかむら ただし)
東京大学法学部卒業。東京大学大学院法学政治学研究科助手を経て、ドイツ・ボン大学法学国家学部法学修士課程修了(法学修士)。ドイツ・ザールラント大学ヨーロッパ・インスティテュート欧州統合研究プログラム修了。現在、中村国際事務所代表。訳書に、ヘルデーゲン『EU法』。専門誌への翻訳公刊実績も多数。令和元年より白岡市議会議員。
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| ISSライブラリー 〜講師が贈る今月の一冊〜 | 09:10 |
ISSライブラリー 〜講師が贈る今月の一冊〜 第47回:七海和子先生(中国語通訳)

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先生方のおすすめする本が集まったISSライブラリー

プロの通訳者・翻訳者として活躍されているISS講師に、「人生のターニングポイントとなった本」「通訳者・翻訳者として必要な知識を身につけるために一度は読んでほしい本」「癒しや気分転換になる本」「通訳・翻訳・語学力強化のために役立つ参考書」等を、エピソードを交えてご紹介いただきます。
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今月の一冊は、中国語通訳者養成コース講師、七海和子先生ご紹介の「万葉の人びと」(犬養孝著, 新潮文庫, 1981年)です

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かれこれ30年以上読んでいる本である。本書はあとがきによれば、昭和48年7月21日から8月31日にかけて毎日15分間ずつ37回にわたり、NHKから全国に放送したものを文字に起こしたものである。そのため、非常にわかりやすく親しみやすい。が、本書の一番の魅力は著者が実際に万葉の歌を詠まれた地を訪れ、それぞれの歌がどのような歴史的背景を持ち、どのような地でどのような風土に育まれて詠まれたのか説いているところ、そして随所に著者の万葉への愛が感じられるところにある。

 

「有馬皇子自ら傷みて松が枝を結べる歌二首」を見てみよう。

 

家にあれば 笥(け)に盛る飯を 草枕
旅にしあれば 椎の葉に盛る

 

多くの人がこの歌を1度は目にしたことがあると思う。そしてその訳は「家にいるときはいつも器に盛って食べる飯を、今は旅の途中であるので椎の葉に盛って食べることだ」というものが多いのではないだろうか。
この歌はまだ19歳という若さの有間皇子が謀反を起こしたというかたちでこの世を葬り去られることになる前に、現在の和歌山県日高郡の岩代という場所で詠んだ歌の一首。この先の白浜に着いたら、殺されることになるだろうという心持ちで詠んだ歌である。この本では、「椎の葉に盛られた飯」は自分が食べるために盛った飯ではなく、この土地の珍しい風習に従って「神様にお供えするために御飯を椎の葉に乗せた」とする説を取っているのだが、この歌の前にもう一首下記の歌が詠まれている。

 

磐代(いわしろ)の 浜松が枝を 引き結び
真(ま)幸(さき)くあらば また還り見む

 

「松が枝を結ぶ」というのがどういうことなのか実際にはわかっていないとのことだが、松の枝と枝を結んだまたは幣帛をつけたか、そのようなことであろう。松にさわるとは、どういうことなのか。松は常盤であるため、「常盤の魂が我が身につく」ということになり、それは我が身の「命長かれ」という祈りとなる。この磐代(現在の岩代)は海が一望できる素晴らしい場所。本来であれば、その景観に感激して「うわー!素晴らしいなあ」と心から感動するようなところで、まだ19歳の有間皇子は、ひょっとしたら殺されるかもしれないという予感を胸に「磐代の浜松が枝を、こうやって引き結んでおくが、もしも幸いに無事であるならば、また戻ってきてこの松を見るであろうが、ああ、そうあって欲しいなあ」という祈りの気持ちでこの歌を詠んだのである。
そして続く「家にあれば〜」の歌は「家にいると食器に盛って神にお供えする御飯を、こうして旅に出ているから椎の葉に盛って神にお供えします」。神にお供えするということは、何かを祈ったのであろう。有間皇子はどんな気持ちで祈りを捧げたのか。
有間皇子は蘇我赤兄の口車に乗って、中大兄皇子に対して謀反を企てたことにされてしまったのだが、椎の葉に神へお供えする御飯を盛りながら、無事でいられるだろうか、もっと生きていたい、蘇我赤兄の口車に乗らなかったら良かったのになあ、などといろいろな思いが交錯していたであろう。 本書には、著者が実際に岩代を訪れた時の記載や地図もあり、それらを見てから、「有馬皇子自ら傷みて松が枝を結べる歌二首」を読むと、1300年以上も前に詠まれた歌であるのに、その場所の様子や有間皇子の気持ちが手に取るようによみがえってきて、こちらまで苦しくなる。

 

実は上記の歌の解釈に驚いて(中学で習った訳とあまりに違っていた)大学で万葉集を専攻するきっかけとなったため、この歌には思い入れがあり、暗い歌を例にとってしまったが、万葉集には恋の歌も多く、なんとも微笑ましい可愛らしい歌(しかも男性が詠んでいたりする)も多い。女の人の夫を待つ恨みつらみの歌も面白い(当時は結婚しても相当長い期間別居)。それを著者は実に楽しく万葉への愛が溢れんばかりに解説しているので、万葉の世界にタイムスリップしたように私の目の前に万葉歌人たちが浮かんでくるのだ。歌は声に出してこそ、というのもこの本から教わった。助詞の使い方、音節の違いで躍動感や印象が全く違ってくるという解説も大変興味深い。
時々朗誦するお気入りの歌がいくつかあるが、1300年以上前に詠まれた歌に共鳴し、歌人の心と私の心がつながることができるとは、なんと不思議で幸せなことかと思っている。ちなみにこの時代にひらがなはまだなかったので、先に紹介した歌は万葉仮名で書くと次のようになる。

 

家有者 笥尓盛飯乎 草枕 旅尓之有者 椎之葉尓盛

 

万葉集というと、「ああ、あの昔の…」という反応が多いのだが、この本を読めば、歌人たちのこころは決して古いものではなく、その感性の豊かさに却って身近に感じられるようになるかもしれない。
コロナ感染拡大の影響で自宅に引き籠ることの多い今日この頃、地図を見ながら万葉の旅を楽しんでいる

 

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七海 和子(ななうみ かずこ)
駒澤大学文学部国文学科卒業。大学卒業後、出版社勤務を経て、日本の物流会社の北京事務所にて自動車物流、倉庫管理等に従事。その後青少年育成プログラムに携わり、アイ・エス・エス・インスティテュートで通訳訓練を受けた後、2013年よりフリーランスの通訳者・翻訳者として活動中。
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| ISSライブラリー 〜講師が贈る今月の一冊〜 | 09:33 |
ISSライブラリー 〜講師が贈る今月の一冊〜 第46回:和田泰治先生(英語通訳)

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先生方のおすすめする本が集まったISSライブラリー

プロの通訳者・翻訳者として活躍されているISS講師に、「人生のターニングポイントとなった本」「通訳者・翻訳者として必要な知識を身につけるために一度は読んでほしい本」「癒しや気分転換になる本」「通訳・翻訳・語学力強化のために役立つ参考書」等を、エピソードを交えてご紹介いただきます。
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今月の一冊は、英語通訳者養成コース講師、和田泰治先生ご紹介の日英語表現辞典」(最所フミ編著, ちくま学芸文庫, 2004年)です

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本書は最所フミ氏が執筆された「日本語にならない英語」と「英語にならない日本語」を合冊して改定出版されたものである。
書籍のタイトルは「辞典」となっているが決して辞書ではない。見出し語がアルファベット順になっているので確かに体裁は辞典のようになっているし、必要に応じて特定の言葉を調べることもできるが、この本はまずは最初から最後までしっかり通して読破すべきだと思う。拾い読みではあまりにももったいないのである。筆者が前書きで述べている通り、英語と日本語の持つ固有の思考法と論理が様々な角度の分析と豊富な例文で解説されている。英語、日本語のネイティブスピーカーの思考法、風俗、習慣、歴史的背景など多岐にわたる思索は辞典というよりもエッセーに近いものだ。私は、通訳者にとって最も重要な語学的能力は、恐らくそれぞれの言語の「語感」を自在に感じ取ることだと思う。表層的な言葉は真実の影であり、その言葉からスピーカーの思考へと分け入り、思考、論理という抽象化されたイメージから、同じ「語感」を持つ別の言語で説明をし直すことが通訳というプロセスだと考えている。だが、その「語感」を養うことは筆舌に尽くし難い修養を要する。日本語、英語の両言語に関するすべてを知識、感覚として会得しなければならない。本書は、先人の助けを借りて、少しでもその理想に近づこうとする者にとっての一条の光となるものだ。

 

全体は英和の部と和英の部に分かれている。それぞれの言語毎に多くの言葉の持つ意味、思考、背景が解説され、訳と例文で構成されている。英和の部を一読すると、もちろんこれまで全く知らなかった言葉も数多くあるのだが、それ以上に、これまで自分では十分に意味が分かっていたはずだと考えていた言葉、少なくともある程度は正しくその意味を理解して使っていたと思っていた言葉が見出し語として多数並んでいる。そして、そのほとんどに関して何らかの新たな知見を学ぶことができる。あまりにも自分が勉強不足で言葉を知らなかったと落胆することも確かではあるが、あらたな思索のヒントを得た喜びのほうが大きいだろう。和英の部も構成は同じだが、こちらは母国語の日本語を英語で説明するための解説である。英和の部と同様、今度は元の日本語に関する日本人の思考法や論理的な発想、歴史的、社会的背景から、それを適切に説明する英単語や英文が示されている。順番に読んでゆくのだが、まず見出し語を見て、自分自身で英語の表現を頭に思い浮かべてから解説を読むと、筆者の発想との比較ができて非常に勉強になる。
英和の部、和英の部を合わせれば相当な数の言葉に触れることになるから、一読しただけでその全てを吸収することは出来ないが、大切なのは、英語、日本語それぞれの違いを認識しつつ、どのような思考法によって別の言語で説明するべきかいうことを偉大なる先人の発想に学び、感覚を磨くことである。編者の最所フミ氏は1990年に逝去された。それから既に30年が経ち、英語も日本語も新しい言葉や用法が生まれている。本書が出版された当時は新しい言葉として、未だそれほど普及していなかったものの現在ではごく普通に使われている言葉、あるいは当時とは語感が変わった言葉もあろう。職業として言葉に携わっている者の端くれとして、今後は我々が言語の背景にある様々な思考や論理、文化そして記憶や情感すら咀嚼し、研ぎ澄まされた感性を持って言葉に対峙してゆく義務がある。そう襟を正す覚悟を問う名著でもある。

 

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和田 泰治(わだ やすじ)
明治大学文学部卒業後、旅行会社、マーケティングリサーチ会社、広告会社での勤務を経て1995年よりプロ通訳者として稼働開始。スポーツメーカー、通信システムインテグレーター、保険会社などで社内通訳者として勤務後、現在はフリーランスの通訳者として活躍中。
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| ISSライブラリー 〜講師が贈る今月の一冊〜 | 09:40 |
ISSライブラリー 〜講師が贈る今月の一冊〜 第45回:岩木貴子先生(英語翻訳)

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先生方のおすすめする本が集まったISSライブラリー

プロの通訳者・翻訳者として活躍されているISS講師に、「人生のターニングポイントとなった本」「通訳者・翻訳者として必要な知識を身につけるために一度は読んでほしい本」「癒しや気分転換になる本」「通訳・翻訳・語学力強化のために役立つ参考書」等を、エピソードを交えてご紹介いただきます。
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今月の一冊は、英語翻訳者養成コース講師、岩木貴子先生ご紹介の「翻訳できない世界のことば」(エラ・フランシス・サンダース著, 前田まゆみ訳, 創元社, 2016年)です

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多様性を教えてくれる素敵な絵本『翻訳できない世界のことば』

 

『翻訳できない世界のことば』(エラ・フランシス・サンダース著、前田まゆみ訳、創元社、2016年)という絵本はもう読まれましたか? イラストレーターの著者による素敵な絵本を、絵本作家で翻訳家の方が訳されたので、一冊の本としても、絵本としても、翻訳書としても素晴らしい仕上がりになっています。

 

個人的なお気に入りは、pisanzapra(ピサンザプラ。「バナナを食べるときの所要時間」という意味のマレー語の名詞)やporonkusema(ポロンクセマ。「トナカイが休憩なしで、疲れず移動できる距離」という意味のフィンランド語の名詞)。ポロンクセマは約7.5キロとか。人々の生活を感じさせてくれる言葉です。ピサンザプラは「人によって、またバナナによっても」違うのですが、「一般にはだいたい2分くらい」だそうです。一方、壮大なスケールなのはkalpa(カルパ。「宇宙的なスケールで、時が過ぎていくこと」という意味のサンスクリット語の名詞)。インドでは悠久の時間が流れているのですね。生活に根づいた文化を感じさせるこういった言葉を眺めていると、“多様性”という言葉が浮かんできます。

 

ほかにも、resfeber(レースフェーベル。「旅に出る直前、不安と期待が入り混じって、絶え間なく胸がドキドキすること」という意味のスウェーデン語の名詞)やiktsuarpok(イクトゥアルポク。「だれか来ているのではないかと期待して、何度も何度も外に出て見てみること」という意味のイヌイット語の名詞)など、魅力的な他国の言葉が紹介されています。「そんな概念・感情・行動がこの言語では言葉になっているんだ」と驚くと同時に、ちょっと切ないような、胸がキュンとするような。まったく異なる文化の、言葉も知らない国の人々でも、社会の決まり事や言語、文化、政治といった表層的な部分をとっぱらうと、人間としてのとても無防備な感情が垣間見えて、それがとても愛おしく感じられる、とでもいうような(この感情も、もしかしたらどこかの国では一語で言い表されているのかもしれません)。

 

タイトルについて、「『翻訳できない』は、厳密にいうと『りんご=apple』のように1語対1語で英語に翻訳できない、という意味」だと訳者あとがきで説明されています。“一語で言い表せない”だけであって、“理解の範疇を超えている”のではありません。たとえば、mamihlapinatapai(マミラピンアタパイ。「同じことを望んだり考えたりしている2人の間で、何も言わずにお互い了解していること。(2人とも、言葉にしたいと思っていない)」という意味のヤガン語の名詞)。ヤガン語はチリの原住民の言語だそうです。以心伝心と似ているので、日本語話者にとっては親しみやすい概念ではないでしょうか。こういう言葉は人としての心をのぞかせてくれます。それは決して異質なものでも珍妙なものでもなく、私たち自身の姿がそこにはあります。

 

本書から伝わってくるのは、多様性は“異質性” と同時に“普遍性”も内包している、ということです。「そんな風に世界をとらえているんだ」という文化の異質性の面白さと、「でも分かる」という共感を呼び起こし、人間存在の普遍性を感じさせてくれる本書には、翻訳の醍醐味がつまっていると思います。

 

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岩木 貴子(いわき たかこ)
フリーランス翻訳者として出版、実務分野で活躍中(英→日、日→英)。アイ・エス・エス・インスティテュートでは、英語翻訳者養成コース、総合翻訳科、ビジネス英訳科の本科レベルを担当。
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評価:
エラ・フランシス・サンダース
創元社
¥ 1,728
(2016-04-11)

| ISSライブラリー 〜講師が贈る今月の一冊〜 | 09:00 |
ISSライブラリー 〜講師が贈る今月の一冊〜 第44回:近藤はる香先生(中国語通訳)

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先生方のおすすめする本が集まったISSライブラリー

プロの通訳者・翻訳者として活躍されているISS講師に、「人生のターニングポイントとなった本」「通訳者・翻訳者として必要な知識を身につけるために一度は読んでほしい本」「癒しや気分転換になる本」「通訳・翻訳・語学力強化のために役立つ参考書」等を、エピソードを交えてご紹介いただきます。
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今月の一冊は、中国語通訳者養成コース講師、近藤春はる香先生ご紹介の「形而上学(パース著作集)」(C.S. パース著, 遠藤 弘 編, 勁草書房, 1986年)です

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読経は何を言っているかわからないから有難い。どのように読もうとも、経自体の意味や原理は変わらないのだが、「南無阿弥陀仏…」とはっきり文字が浮かぶような読経は講義のようで味気なく、そうでない読経は仏の世界に引き込まれる気がする。

 

哲学書は敷居が高い。普段はあまり読まない。名言としてよく知られている一言二言の言葉は触れる機会も多く、わかっているつもりだが、1冊の哲学書を系統的に理解することは難しい。

 

しかし哲学書も読むこと自体は難しくはない。哲学書にみられる抽象的な表現や言葉は「抽象的であればあるほど、経験の一般的規則としても、また論理的原理からの必然的結果としても、構築し易いもの」(「形而上学」p.1)であり、「なるほど、そういうことか!」と悩み続けた問題を一気に解決してくれるようなヒントがそこかしこに盛り込まれ、嬉々として一冊を読み終えることも少なくない。

 

例えば、同書第一章に「全く新しい習慣は意志を伴わない経験によっては創造されえない」、「筋肉を働かせているようにみえるときも習慣を生み出すのはその筋肉の働きではなく、それに伴う内的な努力、すなわち想像力の働きである」(p.23)とある。これは通訳の練習にも通じる。シャドーウィングをただただ100回繰り返してもスキルはなかなか上がらないが、「話しながら、こまかいところまで聞きとるぞ」、「聞きながら、発音・アクセントを崩さず話すぞ」などと目標や注意点を明確にし、意識しながら取り組むと数回の練習でも確実に効果があがる。スポーツの世界で「イメトレが大事」とよく言われるが、全くその通りである。

 

ただ、一冊読み終えた時、はたしてその内容をきちんと「理解」していたかというと、答えは「否」である。一節もしくは文単位では“解釈”でき、感動さえ覚えるにもかかわらず、1冊どころか、たった1頁でさえ、まとまった意味や流れを理解することができない。「おお!」と感動し、理解できたと“感じる”文や言葉は沢山あるのに、それはいつまでも「点」のままで、「面」はおろか「線」にもならない。となると、「点」も本当に理解できているのか怪しくなる。

 

言葉を理解する際、人間は「言葉」以外の助けを借りている。語気や口調は典型的だが、他にも、言葉のもつ音やイメージが生み出す「感覚」が、語義を越えて話者の意志を伝えることもある。芸術家や設計士の話す言葉は「感覚」的で、通訳の現場で頭を抱えるのも決まってそうした「感覚ではわかるけど、ロジックがつかめない」話だ。

 

誤解してはならないのは、「“感覚”で伝わる=“ロジック”がない」とはならないことだ。音楽や絵画など芸術作品が実は緻密な論理的構成に支えられているように、抽象的な、感覚的な話にもそれを支える「論理」が必ずある。論理的でない話を相手がしているのではなく、「感覚」と「論理」をつなげ、正しく理解する力が自分に欠けているだけである。

 

分類はあらゆる科学研究の基本だ。そして、「形式に基づくもろもろの区別や分類の方が(中略)諸物の振る舞いを科学的に理解するためには重要」(p.12)である。だから私は『形而上学』を分析しながら読むことにした。「感動」を振り払い、「解釈」をせず、ひたすら一文一文の意味と繋がりを掴んでいく。

 

感覚的な「感動」、自分なりの解釈を否定するわけではない。それこそ読書の醍醐味だと思う。ただ私は、文字の浮かばない読経を聞きながら、論理をつかめるような境地に至りたい。そして、論理に支えられた「感動」を、論理を感じさせることなく相手に伝えたい。それが私の目指す通訳像である。

 

 

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近藤 はる香(こんどう はるか)
横浜市立大学国際文化学部卒業。10年の中国留学を経て、帰国後フリーランス通訳者、翻訳者として活動中。アイ・エス・エス・インスティテュートでは中国語通訳者養成コース基礎科1を担当。

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| ISSライブラリー 〜講師が贈る今月の一冊〜 | 09:34 |
ISSライブラリー 〜講師が贈る今月の一冊〜 第43回:石原香里先生(英語通訳)

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プロの通訳者・翻訳者として活躍されているISS講師に、「人生のターニングポイントとなった本」「通訳者・翻訳者として必要な知識を身につけるために一度は読んでほしい本」「癒しや気分転換になる本」「通訳・翻訳・語学力強化のために役立つ参考書」等を、エピソードを交えてご紹介いただきます。
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今月の一冊は、英語通訳者養成コース講師、石原香里先生ご紹介の「Prognosis: A Memoir of My Brain」(Sarah Vallance著, 2019年)です

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中学時代を過ごしたシドニーの現地校で、私に最初に話しかけてくれた女の子が2人いたのですが、その1人がこの本の著者、セーラ・ヴァレンス(あえて原語に近い表記にします)でした。州立音楽院付属のハイスクールでヴァイオリン専攻だったにもかかわらず「ジャーナリストになりたい」と言っていたセーラ。ピアノ専攻だった私は伴奏やレッスンを通じて彼女と仲良くなり、この本に登場する彼女の両親とも面識がありました。社会人になってからのことは州政府のキャリア官僚になり一時香港に住んでいた、というくらいしか知らなかったのですが、フェイスブックで「今度本を出す」というではありませんか!しかも、再起不能といわれた脳損傷からの回復の記録と聞いて2度びっくりしてしまいました。一体何があったというのでしょう!?

 

読んでみると、内容もまた衝撃的なものでした。脳損傷の原因になったのは20代の時の落馬事故で頭を強く打ったこと。事故後、冷蔵庫からランプが、冷凍庫からトースターが出てきても、本人は全く身に覚えがありません。博士論文の執筆中だったのに、読み書きも不自由になり、自分の書いたものが理解できず、仕事も解雇されてしまいます。「ホワイトカラーの仕事は無理」との宣告を受け、リハビリ施設で単純作業をしたりするのですが、そこから彼女は自らに鞭打って後遺症と戦いながら、毎日、記事の書き取りをしたり、音読を繰り返したりして言葉を再習得していくのです。その原動力になったのは厳格だった亡き父親の存在であり、最も辛い時期に彼女に寄り添ってくれたのは元保護犬たちでした。(犬たちとの「会話」が絶妙!)脳の奇跡的な回復と社会復帰がストーリーのタテ糸だとするならば、ヨコ糸となっているのが親子の愛憎、介護や尊厳死、恋愛(彼女はゲイです)、老いに対する不安などの普遍的あるいは今日的なテーマなので、一定以上の年齢の(?)読者なら大いに共感できると思います。

 

たとえ側にいても、人はなかなか心の奥底にあることを打ち明けたりはしないもの。シャイな彼女の赤裸々な告白を意外に思うと同時に、セーラにとって書くことが何よりの癒しになったのだろうと感じました。

 

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石原 香里(いしはら かおり)
桐朋学園大学音楽学部ピアノ科卒業。ザルツブルク・モーツァルテウム音楽院、ロンドンRoyal College of Music Postgraduate Courseに留学、修士課程修了。帰国後、音楽活動の傍ら通訳スクールで学び、米同時多発テロを契機に、NHKの報道・音楽番組の映像翻訳、インタビュー通訳に携わるようになる。現在はCNNj をはじめ民放各局でも首脳会談、記者会見等の同時通訳者として稼働中。

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| ISSライブラリー 〜講師が贈る今月の一冊〜 | 11:28 |
ISSライブラリー 〜講師が贈る今月の一冊〜 第42回:村瀬禄\萓検扮儻賈殘)

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先生方のおすすめする本が集まったISSライブラリー

プロの通訳者・翻訳者として活躍されているISS講師に、「人生のターニングポイントとなった本」「通訳者・翻訳者として必要な知識を身につけるために一度は読んでほしい本」「癒しや気分転換になる本」「通訳・翻訳・語学力強化のために役立つ参考書」等を、エピソードを交えてご紹介いただきます。
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今月の一冊は、英語翻訳者養成コース講師、村瀬隆宗先生ご紹介「日本人の美意識」(ドナルド キーン(著), 金関 寿夫(翻訳), 中央公論新社, 1999年)です

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皆様はじめまして。このたび翻訳講座を担当させていただくことになりました、村瀬隆宗と申します。人生で一番影響を受けた本と言われれば『天才バカボン』ですが、講師としてどうかということで、今回は2019年に最も感銘を受けた本を紹介したいと思います。

 

翻訳業を続ける傍ら、通訳案内士資格を昨年取得し、通訳ガイドとしても今春デビューしました。それに先立ち「外国人の日本観・日本人観を押さえておこう」ということで、YouTubeで訪日観光客のインタビュー動画を観たほか、『菊と刀』に代表される古典にも触れました。その一冊が『日本人の美意識』です。

 

著者はアメリカ出身の日本研究家で、残念ながら今年亡くなったドナルド・キーンさん。金関寿夫さんの訳は、いい意味で翻訳調です。日本人特有の美的感覚を4項目に分け、それぞれ具体例を挙げながら論説しています。その一つが「余情・余韻」。例えば「ほのぼのと 明石のうらの 朝霧に 島がくれゆく 舟をしぞ思ふ」のような、以前は特に響かなかった平安時代の和歌が、キーンさんという外国製の高級アンプを通してビンビンに響いてきました。

 

日本人であるはずなのに海外の人に教えられるというのは、悔しい気もします。一方で、言われてみれば自分にも余情や余韻を好む部分が確かにあると気付きました。アニメのような映像が思い浮かんでしまう最近の小説。歌詞の解釈を限定してしまうミュージックビデオ。そういったものを受け付けない私は、これも日本人らしい美意識なのかと嬉しくなりました。

 

「完璧性を嫌うこと」も日本人の美意識とされていて、私はこれを富士箱根ツアーのガイドで富士山がよく見えなかった時の言い訳に使っています。「今日は雲が多くて皆さんはラッキーだ。雲が全くかかっていない富士山なんてツマランものは、日本の美的感覚に合わない。世界遺産の日光東照宮だって、完璧を避けるために柱を1本わざと逆さまにしたぐらいだ」

 

1969年の作品なのに色あせない、と言いたいところですが、我々日本人の変容によって若干色あせつつあるように感じます。自分自身のことだけに、異国の優れた観察者という鏡を通さないと見えにくい。そういった美的感覚を「日本人あるある」として残していくためにも、ぜひ読んでほしい一冊です。収録されている他の日本論も読み応えがありました。

 

ところで、翻訳学習者の皆さんは読書されるのはいいとして、自分で何かお書きになっているでしょうか?私は「機械翻訳に淘汰されない翻訳者になるためには、自ら文章を書くことに慣れなければならない」と考えています。書くことが思い浮かばないなら、好きな本の好きな部分を“写経”するところから始めても構いません。ちょうど今、仕事場にしている越後湯沢のリゾートマンションに近いカフェにて、お気に入りの万年筆でノートに英文をすらすら書き、コーヒーを運んで来た方に「めちゃくちゃカッコイイ!」と恐らくは思われているところですが、実は最近入手した『日本人の美意識』の原文を写しているだけなんです。

 

講座では、そういった「機械・AI翻訳時代にも活躍できる翻訳者」になるための道も示していくつもりです。翻訳道を究めたい“同志”とお会いできるのを楽しみにしています。

 

 

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村瀬 禄 覆爐蕕 たかむね)
慶應義塾大学商学部卒業。スポーツ、金融・経済、工業系を中心に産業翻訳から映像翻訳、出版翻訳までこなし、20年近く4人+1匹家族を養う。通訳ガイドとしても稼働中。現在、翻訳者養成短期集中コースを担当。

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〜村瀬隆宗先生がご担当のクラスをご紹介〜

 

四葉のクローバー​​【12月開講】短期集中コース

「基本からしっかり学ぶ はじめての実務翻訳訓練」

[東京校] 12/10・17・1/7・14・21・28(火)19:00-21:00(全6回)※12/24・31は休講
[インターネット] 12/11-2/7 ※スマートフォン、タブレット端末対応

 

※インターネットクラスの授業動画は通学クラスの方もご視聴いただけます。復習や欠席された際の補講用としてご利用ください。
 

 

 

評価:
ドナルド キーン
中央公論新社
¥ 796
(1999-04-01)

| ISSライブラリー 〜講師が贈る今月の一冊〜 | 09:30 |
ISSライブラリー 〜講師が贈る今月の一冊〜 第41回:蘇馨先生(中国語通訳)

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先生方のおすすめする本が集まったISSライブラリー

プロの通訳者・翻訳者として活躍されているISS講師に、「人生のターニングポイントとなった本」「通訳者・翻訳者として必要な知識を身につけるために一度は読んでほしい本」「癒しや気分転換になる本」「通訳・翻訳・語学力強化のために役立つ参考書」等を、エピソードを交えてご紹介いただきます。
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今月の一冊は、中国語通訳者養成コース講師、蘇馨先生ご紹介「只有医生知道」(张羽 著, 江苏人民出版社, 2013年)です

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「微信读书」を使っていますか。持ちものを最低限に減らしたい病にかかっている私が最もよく使う中国の読書アプリです。書籍購入のプラットフォームですが、WeChatを通じて友達と書籍を紹介し合ったり、読んでいる本を語り合ったりすることもできます。更に調べたい語句を選択して、ポップアップメニューの「查询」をタップすると簡単な解釈が出てきます。 更にオーディオブックの機械音声のクオリティが高く、シャドウイングの教材に使えるほど自然な中国語が流れます。今のところネックだな〜と思っているのは一つだけあります。「多音字」です。「行行行 xing xing xing」(いいよ いいよ)を「hang hang hang」と読んだりするのを聞くと思わず「AIもまだまだよのう」とひそかに笑ったりしていますが、このアプリは手放せないです。

 

そこで今回ご紹介したいのはこの「微信读书」で見つけた「只有医生知道」という本です。今年に入ってから日中医学交流の講義通訳の仕事が今までの倍以上のペースで入ることになり、医療通訳士の資格を持っているとはいえ、トップクラスの先生の間に入って最先端医療技術などを通訳するというプレッシャーは想像を超えるものがあります。気がついたら書棚が医学書や医学雑誌で埋め尽くされていました。しかしやはりちゃんと座って読む時間というのはなかなかたくさん取れません。そこで食事の支度をしている時間や、電車での移動時間などの隙間時間を利用して「听书」(オーディオブック)を始めました。

 

オーディオブックで最初に選んだのが「只有医生知道」です。著者は中国協和医科大学卒の婦人科腫瘍学博士で、北京協和医院産婦人科の主任医師でもあります。女医でありながら文学的なセンスがあふれる文章を書きます。この本は女性についての百科事典のようなもので、女性の体のことや医療環境、医師・患者関係などをユーモラスに描き、自分自身の出産のエピソードも交えて「自分の体は自分で守る」というメッセージを暖かい文字で綴ります。知識性、専門性はさることながら、一気呵成、読み終えた後、心が温まる一冊です。

 

医療通訳者の行動規範には中立・公平な立場を保ち、引かず足さず、忠実に通訳するという決まりがありますが、実際のところ全てこれに沿って通訳するのは至難の業です。「只有医生知道」を読んだ後さらに確信しました。チーム医療が盛んに掲げられている中、日本も中国も患者さんがチーム医療の主人公になりきれていない部分があるように思います。言葉の意思疎通が図れるように通訳することは近い将来AIでもできるようになるかもしれません。しかし、人と人の付き合い、医師と患者の信頼関係を築くにはやはり人間味溢れる優秀な通訳者が欠かせません。IQではなくてEQです。

 

 

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蘇 馨(そ しん)
横浜国立大学教育学部卒業。アイ・エス・エス・インスティテュートで翻訳、通訳訓練を受ける。その後、フリーランスの通訳、翻訳者に。証券会社などの企業研修講師。現在中国語通訳者養成コース通訳科1を担当。

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| ISSライブラリー 〜講師が贈る今月の一冊〜 | 09:05 |
ISSライブラリー 〜講師が贈る今月の一冊〜 第40回:小宗睦美先生(英語通訳)

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先生方のおすすめする本が集まったISSライブラリー
プロの通訳者・翻訳者として活躍されているISS講師に、「人生のターニングポイントとなった本」「通訳者・翻訳者として必要な知識を身につけるために一度は読んでほしい本」「癒しや気分転換になる本」「通訳・翻訳・語学力強化のために役立つ参考書」等を、エピソードを交えてご紹介いただきます。
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今月の一冊は、英語通訳者養成コース講師、小宗睦美先生ご紹介の「丹野智文 笑顔で生きる 認知症とともに」(丹野智文著, 2017年, 文藝春秋)です

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「通訳の仕事をしていて良かったと思う瞬間は?」と聞かれることがあります。通訳の内容はその時々で違いますが、私にとってそう思う瞬間はいつも同じです。自分がその場にいることで誰かの役に立ったと思えたとき、そして通訳をしたおかげで新しい世界に出会えたとき、そんなときに「通訳をしていて良かった!」と思います。

 

今回は、ある通訳の仕事を通じて私が出会った新しい世界、そして、その世界を私に教えてくれた人の本をご紹介します。

 

今から3年前、知人を通じてテレビ局のプロデューサーの方から通訳の依頼がありました。話を聞くと、若年性認知症の当事者である「丹野智文さん」と、丹野さんと一緒に認知症当事者を支える活動をしている人たちがスコットランドを訪問し、現地の認知症当事者と出会う旅をする、その旅の同行通訳を探しているとのこと。また旅の模様は特集番組として放送されるとも聞きました。

 

「これは面白そう!」と二つ返事で引き受けはしたものの、それまで私は「認知症」と聞いても、お年寄りの病気で、物忘れがひどくなり、徘徊する、寝たきりになる、両親がそんな風になったら困る…程度の認識しかありませんでした。

 

スコットランドの旅の主人公、丹野さんは2013年に39歳の若さで認知症と診断され、私が初めてお会いした3年前は42歳、明るく笑顔が素敵なイケメンで、とても認知症の本人(当事者と一般的には呼んでおり、患者という言葉は使いません。理由は本でも説明されています)だとは思えませんでした。丹野さんは認知症の診断後も仕事を続けながら、「認知症とともに生きる」にはどうすればよいのかを考え、認知症当事者がどのようにサポートしてもらいたいのか、どうすれば認知症になっても元気に明るく生きていけるのか、講演も含め幅広い活動を行っています。

 

認知症と言えば、「暗い」「大変そう」「自分とは関係のないこと、でも家族がなってしまったら介護はどうすれば?」というのが当時の私も含めた一般的な受け止め方で、「介護する側」の立場から見ていることがほとんどだと思います。私は丹野さんと出会い、またスコットランドの旅に同行することで、認知症当事者は一方的に介護されるだけの存在ではない、何もできない人ではない、適切なサポートがあれば社会の中で生き生きと活動できるということを知りました。

 

認知症は誰がなってもおかしくない、そうなったときに少しでも安心して暮らせる社会にするにはどうすればよいのか、通訳として当事者や、また当事者をサポートする人たちと出会う中で、深く考えさせられました。

 

今回ご紹介する「丹野智文 笑顔で生きる 認知症とともに」はスコットランドの旅の1年後に出版され、丹野さんが自分の言葉で、認知症と診断されてからどのように感じてきたのか、物忘れを補うためにどんな工夫をしているのか、どんな思いで認知症当事者を知ってもらう活動をしているのか、そしてスコットランドでの旅について語った内容をまとめた本です。重いテーマではありますが、決して暗くはなく、読むたびに元気づけられます。

 

元来、根が怠け者の私は決して好奇心キラキラというタイプではありません。新たな分野の仕事を引き受けた時は億劫に思うことも正直あります。でも、仕事を通じて「半ば強制的に」学んでいくことで、段々とその分野に興味が出て、「なるほど、そういうことだったのか!」と腑に落ちたり、また、今回のように深い気付きを得ることがあったりもします。通訳という仕事は、怠け者で視野の狭い私に新たな世界を広げてくれる実にありがたい仕事なのです。

 

 

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小宗 睦美(こむね むつみ)

関西学院大学文学部英文学科卒業後、ホテル勤務。その後、外資系製薬会社で秘書。退職後渡英し、英ブラッドフォード大学修士課程(ビジネス戦略・環境マネジメント専攻)修了。帰国後は通訳者・翻訳者並びに講師として活動中。

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