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仕事ルポ:塚崎 正子先生(英語翻訳)


仕事ルポの第6回は、英語翻訳者養成コースをご担当いただいている塚崎正子先生です。
これまでに携わった中で印象的な仕事について伺いました。


10年ほど前、今でこそ「ガラケー」と揶揄されている携帯電話が世の中を席巻していたころのことです。当時、携帯電話関連各社から取扱説明書、技術仕様書など様々な文書が大量に翻訳に出されていて、私も一応IT関連の技術文書を専門とすることから、よく仕事をいただいていました。

そんな中、おそらく納期と分量の関係からか、ある技術仕様書を複数の翻訳者で分担して仕上げることになりました。私はなじみのある分野なので、翻訳作業も比較的順調に進み、決められた日より一日早く納品することができました。さぁ、この浮いた一日、何をして過ごそうか!と思っていた矢先に、翻訳会社の担当コーディネータの方から一本の電話が。なんと、同じ文書を担当する別な翻訳者が納期に間に合わないと途中でギブアップしてしまったため、その分をお願いできないかとのこと。とりあえず、少し納期を延長してもらい何とか対応できましたが、後になって色々と考えてしまいました。

もちろん、翻訳者がいったん受けた仕事を途中で放り出すというのは、あるまじき行為です。ただ、その翻訳者に急病など、何かやむを得ない事態が起きたのかもしれません。翻訳者も人間ですから当然あり得ます。しかし、それ以上に気になったのは、途中まで訳してあった部分を見る限り、その翻訳者が携帯電話にあまり詳しいとは思えなかったことです。

通信分野は少し疎いと自覚しつつも、調べれば何とかなると思い引き受けてしまい、結果的には時間だけが過ぎていく…というパターンかなと。自分自身を振り返っても、途中で投げ出すことはないにしても、納期まで危機一髪であったり、仕上がりの出来が余りよくなくチェックが入ったりしたことが、仕事をし始めたころにありました。

フリーで在宅翻訳をするということは、非常に自由である半面、自分の翻訳能力(質と速度)、知識、納期などあらゆることを一人で管理していく責任が生じます。実際には、コーディネータの方から内容や、分量、納期に関する情報はあるものの、電話一本で仕事を受けるか決めなければならないことは少なくありません。蓋ならぬファイルを開けてみたら、調べ物の多さにびっくりということもあります

自分の力を正確に認識し、仕事を引き受けられるか冷静に判断し、場合によっては断る勇気を持つ、ということも翻訳者にとって大事だと改めて認識しました。断ると仕事が来なくなることを不安に感じてしまうものですが、下手に引き受けて不完全なものを納品したり、納期に遅れたりすることでお客様に迷惑をかけることは、断るよりも今後の仕事に影響するのではないかと思います。

10年ほど前のこの出来事は、私にとっても非常によい教訓となっています。



<塚崎 正子先生のプロフィール>
お茶の水女子大学文教育学部外国文学科英文学(当時)卒業。電気メーカーに入社後、フリーランス翻訳者となる。
移動体通信、コンピュータ、医療機器を中心とした分野に関する各種マニュアル、学術論文、契約書などの英日/日英翻訳を手がける。




<関連記事>
ISS派遣サイトのプロ翻訳者コラムのアーカイブはこちらからご覧ください。
https://haken.issjp.com/articles/careers/ma_tsukasaki_01

 

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| 仕事ルポ | 11:18 |
仕事ルポ:李潔先生(中国語通訳)

仕事ルポの第5回は、中国語通訳者養成コースをご担当いただいている李潔先生です。
急に舞い込んだ通訳依頼での緊張感にあふれるお仕事レポートをお届けします。


朝8時の通勤電車。携帯が鳴り始めた。こんな早い時間に誰から?と思い、目的地の駅で降りたらすぐ折り返しの電話をした。「李さん、今から空いていますか?今から○○社の同時通訳の会議があります。実はもう始まっています。すぐ行ってもらえますか?」通訳のエージェントの方からだ。「えっ、えっ、今からですか。今から10時まで別の仕事が入っているのですが」「じゃ、それが終わったらすぐ行ってもらえますか」「は、はい、何の会議ですか?」「○○社の…」

ある日の朝はこの一本の電話から始まった。通訳の仕事が突然舞い込むのはよく耳にするが、まさかこの大至急の有り様!一つ目の仕事が終わり、すぐ駅に駆け付け30分で何とか○○社の高層ビルに到着した。広々とした大会議室に100人ほど、肌色や髪色が違う人々が集まり、一人講師らしき人が一番前で皆に向かって元気よく話している。世界各地の支社から来た幹部向けの研修だ。会議室の後ろを通った時、あのテレビでよく見かける有名社長が一人専用の机にじっと座っていた。緊張感が自ずと高まっていた。

同時通訳のブースには、一人目の通訳者がすでに到着し、訳し始めている。大ベテランの通訳者だ。プレッシャーを感じる一方、頼もしい気もした。席に着いたら相手に「5分後に始めていいですか」とメモを見せてすぐヘッドフォンをして、つい先ほど渡された資料をめくりながら内容を聞き始めた。その時初めて会議の内容を少し理解した。通訳の仕事が成功するかどうかは90%事前準備で決まるとよく言われているが、今のように何も準備せずにいきなり会場に入れられて、訳せというような状況は初めてだ。心細さは今までにないほどだった。しかし、私の訳を待っている人がいる。訳さないわけにはいかない。ごまかして訳すわけにはいかない。

自分の番が来た。細心の注意を払って内容の理解に最も気をつけた。途中で分からない単語でつまずきそうになった時、パートナーのベテラン通訳者がすぐ訳語を書いてくれた。今も感謝の気持ちでいっぱいだ。幸い専門用語が予想ほど多くなく、講師のお話が非常に面白かったので、最初の緊張が徐々にほぐれて思ったより楽しく訳せた。一時間後、3人目の通訳者が来た。三人で助け合い、途中の英語のリレー通訳もうまく繋げて、15分の交代から徐々に20分の交代に変わり、午後までの会議はあっという間に終わった。終了後、中国からの参加者がわざわざブースにお礼を言いに来た。通訳者にとって何よりも嬉しいことだ。

フリーランスの通訳者にとって、いつ、どこでどんな仕事が待っているかは分からない。普段から常に実力を磨いておかなければならない。常に「臨戦態勢」でいなければならないと改めて思った。通訳の勉強はきりがないとよく言われるが、このきりの無さと同じ分量の楽しさもあると思う。これからもこの楽しさを楽しんでいきたいと思っている。



<李潔先生のプロフィール>
中国西安外国語大学日本語学部卒業、同大学大学院修士課程修了。6年間日本語教師として教壇に立ち、二回日本の大学に留学を経験する。来日後、企業向けの中国語講師を多数経験し、フリーランスの通訳へ。2010年上海万博日本館での勤務経験も。


<関連記事>
講師インタビュー:李潔先生
講師からの応援メッセージ:李潔先生



| 仕事ルポ | 09:27 |
仕事ルポ:立花直子先生(英語通訳)

仕事ルポの第4回は、英語通訳者養成コースをご担当いただいている立花直子先生です。
印象深い通訳デビューについて伺いました。


初めて通訳をしたのはまだ学生だった頃です。体育会系のクラブに所属しており、親子以上に年が離れたOBからの依頼で国際大会のスタッフをしました。大先輩に頼まれたアルバイトは断れず、困りました。しかも通訳の相手は当時世界ランク一位のヨーロッパ選手。同世代で、スター性があり、紳士的で、強い。そして目を引くほどルックスもかっこいい!年頃の私は目をハートにして舞い上がります。

一方、私は通訳の訓練を受けたことがあるわけでもなく、英語も日本語も理解できるのにうまくそれを別の言語で伝えることができなくて、なんとも惨めでもどかしい気分を味わいました。それでも言語を越えたコミュニケーションのお手伝いする面白さを知り、その後も毎年開催されるその国際大会に関わりたいと思うようになりました。翌年の大会までにはもっときちんと正確で、人に認められるような通訳ができるようになりたいと思ったのでした。

「彼」はその後も毎年来日し、ある年には「僕の声と耳になってくれてありがとう」と言われ、通訳者の役割の大切さに改めて気づかされました(内心、嬉しさのあまり卒倒しそうになりました)。「オフの時間の過ごし方は?」という記者会見での質問に「ガールフレンドと過ごす」と答えたのを訳しながら、がっくり肩を落としたこともあります。

さて、スポーツ選手のキャリアは決して長くありません。自らのことを「新しい世代」と語っていた若かった「彼」は、その後も驚くほど長い間世界のトップ選手であり続けました。オリンピックに4回出場しましたが、昨年のロンドン後にその長いキャリアを終えることを決めました。

私はその間、通訳学校に通い、社内通訳者の仕事を経験した後、通訳者として独立しました。

彼と初めて出会ってから長い年月が過ぎ、お互いもうときめくほど若くもなくなっていました。選手として最後に来日した際に、通訳を目指すきっかけをくれた彼と私のそれぞれの長い道のりを振り返り、彼の存在があったからこそ通訳を生業にする事ができたと感謝の気持ちを伝えました。そのときに返ってきた言葉は忘れません。

僕(アスリート)のキャリアは短い。君(通訳)のキャリアは長い。僕が君の人生の扉を開けたのならば光栄だ

あー、また目がハートになりそうでした。




<立花 直子先生のプロフィール>
小学校入学までをドイツ、中学・高校をアメリカで過ごす。立教大学英米文学科を卒業。99年アイ・エス・エス・インスティテュート基礎科2(現 プロ通訳養成科1)入学。在学中より外資系生保、銀行等で社内通訳・翻訳者として10年以上の経験を積む。同時通訳科を経て、現在は保険、金融、IT、経営、スポーツ、原子力等の分野で活躍。2008年より英語通訳入門科担当。


<関連情報>
講師インタビュー:立花直子先生(英語通訳)


 
| 仕事ルポ | 09:34 |
仕事ルポ:望月暢子先生(中国語翻訳)


仕事ルポの第3回は、中国語翻訳者養成コースをご担当いただいている望月暢子先生です。
実務翻訳の仕事のきっかけやデビュー作について伺いました。


今を去ることン十年…とまではいかなくとも、遠い前世紀のお話。
当時、学術論文や出版翻訳で多少の経験を積み、そろそろ実務翻訳に挑戦したいと思い始めた頃、友人からある翻訳会社が主催するセミナーに行ってみないかと誘われました。
そのセミナーでは翻訳者募集の場は特に設けられていなかったのですが、登録する気満々で参加していた私は、セミナー後、担当者らしき男性に突進し、履歴書と活字になったいくつかの原稿を振りかざして売り込みを敢行しました。後で友人に「引いた」と呆れられましたが、幸いにもその担当者は私が持参した、権威はあるが誰にも読まれていない総合誌『世界』のコピーを見て、「私の友人がこの雑誌で編集をやっているんですよ」と親近感を持ってくれました。そして、「ちょうど社長が来ているから紹介しましょう」と、その場でご挨拶をさせて頂けることに。ドキドキ。ドキドキ…。

「ああ、そう。主婦ですか? いいですねぇ。じゃあ」
エルメスのスカーフがしっくり似合う女社長は、疲れた様子でそれだけ言って去っていきました。カラカラカラ…(主婦の情熱が空回りしてる音)

ま、そういうわけで、お気楽ご身分の主婦は、ともかくも実務翻訳の道へ踏み出したのです。
デビュー作は工場建設に関する通達文でした。たった1頁ですがその日の夕方までに、ということで心臓バクバク。時間をかければいい翻訳ができるのは当たり前で、時間内に一定水準のものを仕上げるのが仕事なんだ、と痛感しました。よく「実務は調査力」と言われますが、効率よく調べて短時間で形にするには、基本的な中国語の読解力と日本語力こそが重要なのかもという気もしました。

その後、少しずつ業務拡張に努めるわけですが、やはり初対面で「翻訳は趣味? 仕事?」と訊かれたり、「こんな世間知らずの主婦で大丈夫かしら」的な反応をされることが甚だ多い…いや、多かった。歳をとるまでは。ふん。
そのせいか、いつも心のどこかで「主婦だから、と言わせない仕事をする」と意地を張っています。まずは「商品になる訳文」を心がける。苦手分野の翻訳や新しいソフトに尻込みしない。徹夜でのやりとりも熱烈歓迎。自己投資にお金を惜しまない。自分の売り込み方を工夫する、などなど。
実際は、「主婦だから」ダメとかイイとか、関係ありませんよね。要するに「プロと認められる仕事をする」ということです。アマチュアとプロの違いって何でしょう? 仕事に対する姿勢はともかく、訳文そのものについても、そこを意識して勉強すると、目指す翻訳が明確になって効果的なんじゃないかなと思います。



<望月暢子先生のプロフィール>
慶應義塾大学法学部政治学科卒業。上海に2年留学。帰国後、中国の近現代史・内政・外交を中心とした論文・資料を中心に、ビジネス、文芸、映像などの翻訳に従事する雑食系翻訳者。昨年10月に共訳書『しあわせ中国  盛世2013年』(陳冠中著、新潮社)を出版。

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中国語翻訳者養成コースの詳細はこちら


<関連記事>
セミナーレポート「中国語翻訳チェッカーは何を見ているか」
講師からの応援メッセージ:第7回 望月暢子先生
望月暢子先生が共同翻訳された作品『しあわせ中国:盛世2013年』

 

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| 仕事ルポ | 09:31 |
仕事ルポ:西山より子先生(英語翻訳)


仕事ルポの第2回は、英語翻訳者養成コースをご担当いただいている西山より子先生です。
これまでに携わった中で印象的な仕事について伺いました。


翻訳というとすぐに浮かぶのは、おそらく書籍の翻訳とか字幕の翻訳など、私たちが普段目にする世界のものかもしれません。ですが、私たち実務翻訳者が請け負うのは、表には出てこない企業で使う多種多様な文書です。報告書や提案書、メールのやりとりなど。文章のプロが書いて念入りに校正された書籍の文と違って、言葉の表現に頼ることの少ないエンジニアがまとめた報告書とか、入社したばかりで敬語もビジネス用語も使いこなせてない若者が書いたであろうレターなどを英訳するたびに、「ここはてにをはが違うだろーっ!」「主述が合ってないだろうーっ!」「主語は何なんだ?!」「何が言いたいのかさっぱりわからんっ!」と突っ込みを入れながら作業し、日本人の平均的文章力の低さに暗澹たる気持ちになったりさえします。

ところがある日、これまで文句をつけてきた文章を書いた人たちに平謝りしたくなる事件が起きました。

ご縁があって数年前から翻訳を手伝っているある家電メーカーから電話を受けたのです。翻訳の依頼なら、いつもはエージェント経由で連絡が来るのに、私の携帯宛てに直接来たので「おかしいな?」と思って電話を取ると、なんとユーザーアンケートの調査対象になってくれ、というのです。実は仕事がご縁でその会社の製品にすっかり惚れ込んでしまった私は、そこが出している掃除機を購入していたのです。日ごろお世話になっているお礼に少しでもなれば、と快く引き受けました。

するとその直後、エージェントから電話があり「いつもお願いしているあのお客さんですが、ユーザーアンケートの日英翻訳の依頼があります」というのです。つまり私は自分がしゃべる内容を、ライターの方が書き起こした原稿を基に、英訳する羽目になったのです。

まあ、書き言葉ではなく話し言葉を起こした文章であるということで、てにをはの違いや主述の不一致は大目に見るとしても、「性格的に性善説で疑わない」ってどういう意味?「鉄腕アトムの世界が目の前に広がり夢がある」ってどうやって訳せばいいんだ?!「ガーッと掃除機かけて」「床はピカピカ」「ツルツル、キュッキュッ」のオノマトペの連打をどう打ち返す?!「大きな負担となっている家事の負担」って同じこと繰り返すなーっ!などなど、突っ込みどころ満載!!!

言葉のプロであるはずの自分がこんな日本語使っていたとは!ならば他の分野のプロが生み出す文章が不完全でも仕方ないじゃないかっ。今後は「この人何が言いたいのかしら?」ともっと真摯に、愛をこめて耳を傾けるつもりで原稿にも取り組もう、と固く誓ったのでした。



<西山 より子先生のプロフィール>
上智大学外国語学部英語学科卒業。総合電機メーカーにて海外営業職を務めた後、経済産業省外郭団体の地球観測衛星運用チームにて派遣社員として社内翻訳通訳に従事。翻訳会社でコーディネーターを経験した後、フリーランスとして独立。主に、国際協力、地球観測衛星、原子力発電、自動車、その他産業技術系実務翻訳通訳を手がける。
 

 

<関連記事>
ISS講師が語る「私を支える○△□」: 第10回 西山より子先生の「座右の銘」

 

 

| 仕事ルポ | 10:48 |
仕事ルポ:青山久子先生(中国語通訳)

仕事ルポの第1回は、中国語通訳者養成コースをご担当いただいている青山久子先生です。
これまでに携わった中で印象的な仕事について伺いました。


 ある日、読書の秋にふさわしい文学関係のお仕事を引き受けました。まだ本番まで数ヶ月ありました。

 本番が近づくにつれて、断片的に情報が入ってきます。「すごい人が来るらしいですよ!」→「中国のノーベル賞作家のコウさんという方が来られます」→「高先生と大江健三郎先生の対談があります」。

 大変なことになってしまいました!全然読んだことがありません!本番まであと1週間余りです。高行健をネットで検索すると中国版青空文庫のようなサイトがあり、代表作『霊山』や戯曲などが公開されています。大江健三郎は確かウチの妹が結構読んでいた筈と思い、適当に見繕って送ってくれと頼むと、彼女の大切な大江コレクション49冊がどーんと送られてきました。どうせいっちゅうねん!!傾向と対策を伝授してもらい何冊か読み、なんとかポイントはおさえられたようです。
 問題は高行健です。『霊山』は12万字の長編大作、これは間に合わないと思いつつ読み始めると「おまえ」を主人公とする章と「私」を主人公とする章が交互に延々と続きます。「私」と「おまえ」はキャラが違いますが、同一人物です。ストーリーはループし進展はありません(これが高氏の手法であることを後から知りました)。時々他の小説や戯曲に浮気しながらのろのろと読み進めました。
 やがてパートナーの「Tさま」とメールでやり取りを始めました。Tさまは日本語版を図書館で借りて読んでいるそうです。そうか!その手があったか!しかし私も原語で半分ぐらいまで読んでしまっています。一人は日本語で、一人は中国語で読んでおくのも良いかと思い、そのまま進めることにしました。読み進めながら、「森に迷い込んだ主人公はそのあとどうなったんだろう?」、「私達には読解力がないんだろうか」、「私達は文学を解さないのだろうか」、「こんな書評サイトを見つけた!」、「おフランスの話になったらどうしよう!?」、「ここは日本語では何て言ってる?」などたわいない会話をし、やがて当日を迎えました。

 実際にお目にかかった高先生は芸術家のオーラをまとった上品な紳士でした。記者会見を終え、某社の応接室で対談の時を迎えました。通訳は高先生と大江先生に一人ずつつくよう指示され、ここまで来たらどっちでも同じだと思い、なんとなくTさまは大江先生に、私は高先生につきました。席についてナマ大江健三郎を観察します。『霊山』単行本にびっしりと付箋がついています。原稿用紙に万年筆で書かれた原稿も用意されています。対談に向けてここまでの準備を…!大江先生の真摯で誠実なお人柄が伝わってきます。素敵です!途中別の眼鏡を取り出し掛け替えられましたが、全く同じデザインの眼鏡が出てきました。対談が始まり、大江先生の口からポーランドの詩人の名前が次々と出てきます。不意打ちです。今度は高先生の番です。「拝読した作品は、『個人的な体験』、『アナベル・リイ』…」。『アナベル・リイ』の正称は『臈たしアナベル・リイ 総毛立ちつ身まかりつ』です。ご本人の前で『アナベル・リイ』と略してしまうのは恐らく失礼に当たるでしょう。「ファンキーモンキーベイビーズ」を「ファンモン」と呼ぶようなものです。「キリンジ」はユニット名を略されるのが嫌で4文字にした程です。高先生はよりによって何度もこの作品に言及、その度に『臈たし…』と繰り返しました。また、「ヒューマニズム」ではなく敢えて「ユマニスム」という言葉を使う意味も、共にフランスという共通項もあり、高い境地におられるお二人であればこそわかりあえるのでしょう。対談の内容はお互いの作品、芸術論、音楽、今後の創作活動など多岐にわたり、あっという間に時間が過ぎて行きました。

 このお仕事のお陰で大江健三郎入門をクリアし、その後何冊か新しい作品を読みました。中でもお勧めしたいのが『チェンジリング』です。人の命が永遠に受け継がれて行くことを感じさせる、読後感爽やかな作品です。
 この文を書くにあたり、大江健三郎の『臈たしアナベル・リイ 総毛立ちつ身まかりつ』と高行健の『霊山』を読み直しました。やり残したことがあるような気がしていたのです。




<青山 久子先生のプロフィール>
東京出身。日本で4年制大学(中国文学専攻)卒業後、北京の大学に2年間留学(国際経済専攻)、帰国後フリーランス通訳・翻訳者として活動。万博通訳コンパニオン、気象会社の気象・海象予測担当を経て現在会議通訳・放送通訳、企業向け中国語講習などに従事。気象予報士、防災士。


<関連記事>
講師インタビュー:青山久子先生(中国語通訳)


| 仕事ルポ | 10:15 |

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『柴原先生のワンランクアップの英語表現』
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