講師からの応援メッセージ第8回は、中国語翻訳者養成コースの椙田雅美講師からです。
プロ翻訳者になりたいという方に「なぜ翻訳者になりたいか」と理由を尋ねると「中国語を生かして働きたいが、時間に縛られた会社勤めや人づきあいは苦手だから」とか、中には「自宅で稼げて優雅に暮らせそうだから」という方もいます。しかし現実の翻訳業というものは、不規則かつ余裕のない仕事のために時間に縛られ、孤独な作業を主としながらも会社勤め以上に人づきあいに苦労します。しかも対価は低く、在宅翻訳だけで生活することは困難、優雅な生活とは対極にあります(キッパリ)。
それでも構いませんか?では続きをお読み下さい。
プロ翻訳者に求められていることは「訳文の用途にあった翻訳をする」ということです。翻訳を依頼してくる側には、必ず翻訳文の使用目的があり、訳者もその目的に沿った翻訳をする必要があります。日本或いは中国の慣習に合わせた読みやすい文章になるよう訳すこともあれば、あえて原文の逐語訳を行うこともあります。話し言葉の原文をビジネス文書の形式に整えながら訳すこともあれば、硬い文章を広告のキャッチコピーへと訳すこともあります。「正確な訳」だけでは不十分で「使える訳」をしなくてはならないということです。
また、プロ翻訳者にとって最も大切なことは「納期を守ること」です。翻訳者が納期までに訳せないということは、通訳者が現場で黙って突っ立っているのと同じです。どんな訳文であっても納期までに納品できなければ紙くずならぬ「データくず」となってしまうのです。
当然のことだと思われるかも知れませんが、現実には、依頼された仕事について「調べたけれどわかりませんでした」とか「急用が出来ました」などの理由で、納期を守らない人が相当数います。これは翻訳者として失格です。厳しいエージェントなら二度と仕事を依頼してくることはないでしょう。プロを目指すなら、まず自分の翻訳の能力を正確に把握した上で、何を、どれだけ、どの程度のスピードで訳せるか冷静に判断し、ひとたび仕事を受けたら何が何でも納期を厳守することです。出来るかどうか不安な仕事を受けるべきではありません。外国語の上達には、物怖じせず話してみる、訳してみるという度胸が必要ですが、プロが「技量不足は度胸で補えばいい」という甘い算段で仕事を受けるのはトラブルのもとです。自信を持って取り組める仕事を受け、自分が納得できる訳文を納品する。つまりは着実な成果を上げて、信頼を積み重ねていくことが、翻訳者としてのスキルを高めることだと思います。
そうは言っても、実際の翻訳の仕事では、訳し始めてみないと難易度や所用時間がわからない場合が多々あります。休日返上で一日中パソコンにへばりついても遅々として進まず「火烧屁股(お尻に火がつく)」の先に「通宵(徹夜)」が見えてくると「やれやれ、何でこの仕事を選んだのだろう」と思うのですが、そこで改めて「なぜ翻訳者になりたいか」です。
私の場合は、原文を読んだ人が感じることを、訳文で読む人にも同じように感じてもらえる翻訳をしたいからです。どんな内容の原文であっても真摯に向き合い、責任を持って訳すことで中国の実像が伝わり、中立・対等の立場から中国とつきあえる日本人が増えるよう願っています。
プロ翻訳者を目指す方は、まず自分が何のために訳したいのか、どんな翻訳をしたいのかを明確にして下さい。目標が明確であれば、おのずと翻訳に対する姿勢も定まり、道は拓けてくると思います。