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「北京から見る日中翻訳業界」 最終回 「訳すべきか、訳さざるべきか」


中国では春節を迎え、新たな一年が始まったところではありますが、始まりがあれば終わりもやってきます。長らくお付き合いいただきました当ブログですが、今回にて最終回とさせていただきたく思います。


さて、筆者と中国の腐れ縁は20年を過ぎましたが、中国について凄いなぁと思うのは雄大な景色や文化遺産でもないし、経済発展の速度でもないし、高速鉄道の速さでもないし、中国人が日本で爆買いする金額でもありません。

個人的に啓蒙されるのは、中国の医学であり、風水であり、武術であり、思想であり、そしてそれらの根本になっている中国語そのものであり、そして中国語の根幹となる漢字であります。中国語と言えば狭義には北京語(普通話)もしくは国語ということになるのでしょうが、本来は様々な方言のある中国において、長らく首都が置かれた北京で使われていた北京語が、官吏の使用する「官話」になり、やがて官吏以外も使用するようになって「国語」になり、「普通話」に制定されたという歴史があります。

日本に漢字が伝わったころとは事情が異なるわけで、それゆえに日本の音読みは現在でも「呉音」と呼ばれます。筆者の駐在する北京は日本でも「ペキン」と読まれますが、呉音の法則で読むならば本来は「ホッケイ(ホクケイ)」もしくは「ホッキョウ」になるはずです。「ペキン」と読むのは「唐音」であります。ちなみに、北京を日本古来の大和言葉で読むならば、「きたのみやこ」あたりが妥当じゃないかと思います。唐音も呉音も中国語の発音ですから、日本はそもそも中国語の音で読んでいたわけです。

漢字と同じくらい古くに中国から日本に伝わったものに「囲碁」があります。中国語では「囲棋(ウェイチー)」となりますが、実は同じものです。いや、なにを当たり前のことをと言われるかもしれないので説明すると、「碁」と「棋」は本来同じ漢字だということです。漢字の発祥は殷代と言われていますが、その後周代の末期から春秋戦国時代を経て各地で字体に変化が生じ、やがて秦の始皇帝によって統一されるに至りました。「碁」と「棋」は字体の異なる同じ漢字であったということになります。そして、「ゴ」という発音は「呉音」であり、「キ(中国ではqi=チー)」は唐音であるということでもあります。

さて、文武両道(中国語では文武双全)などと言われるように文と武は対極的に扱われることが多いなか、筆者は上述にて一括りにしました。そして武術の根本に漢字があるとしたのですが、漢字を見ればそこにイメージが生じます。筆者はとある武門に内弟子として入門しましたが、教わる多くの動作は成語(四字熟語)のような漢字で表されます。それを翻訳して理解することはできますが、翻訳したあとに元の漢字のもつイメージの強さを、理屈を覆さずに表現できるのかということになると、筆者にすればその技法を習得するよりもより難しいことに感じるものであり、中国武術をしてこれほど胡散臭く思えるまでの深みを持たせることになった背景には、漢字の存在があるに違いないと筆者は勝手に考えています。

例えば、「放鬆(放松)」という武術の要訣があります。普通に翻訳すれば「リラックス」とか「力を抜く」です。しかし力を抜けばそれは「脱力」であり中国武術の禁忌の一つであります。「放」とは「置く」であり、「鬆」とは「弛む」でありますが、さらに言えば「放」は伸び広がることであり、「鬆」は型を維持することであります。厄介なのは、これで終わらず、解釈の仕方はあたかも詩を味わうかのように広がるということです。

翻訳においては、イメージの再現と、内容の正確性とでジレンマが生じることも多くありますが、中国武術や中国医学の日本語訳において、日本語の漢字に直すだけでそのまま使われることが多いのは、イメージを優先されており、解釈の幅の広さを保持するためであり、中国語のままで理解せよということなのかという気もしています。上記の例ならば「放松」という中国語は「放鬆」という日本語の漢字に置き換えられるし、その詳しい解説でもある一側面をもって断ずることは誰もが避けたいと考えるところだというわけです。以前のコラムで取り上げたことのある中国医学なら、「上火」をそのまま「上火」としてしまうようなことだろうとも思います。

ただ、これは中国武術や中国医学を学んだり研究したりする人に向けての考え方であり、一般人にこれらを紹介するなら、イメージよりも内容をわかりやすい日本語に組み直すことの方が肝心なわけで、一つの例としてでも誤解を恐れずに説明を加えなければ誰にも理解してもらえません。「放鬆とは『鬆』を『放』することだ」なんて禅問答は、武術に入門したい人にしかまじめに聞いてもらえません。翻訳家がこんな訳語をだせば二度と仕事はこなくなるでしょう。

このあたりが一字に相当深い意味をもたされているような中国語を外国語に翻訳するときの難しさであり、また面白さでもあるのだろうと思う次第です。


最終回で書きたいことが多く、まとまりの悪くなったところではありますが、これまでご愛読いただきましてありがとうございました。

 
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「北京から見る日中翻訳業界」 第17回 「伝える言葉、伝わる心」


今年で3回目になるのですが、北京の日本大使館において、北京日本人会主催の日中友好都道府県対抗歌合戦が開催されました。

これは日本の各都道府県を代表して一人もしくは一チームが出場し、各組持ち時間は3分でカラオケの機器をつかったり生演奏をしたりしながら歌唱力や演出、演技で競うというものです。昨年度は筆者も出演者として参加したのですが結果は残念ながら鳴かず飛ばず。本年は応援団として参加してきました。

日中友好とは読んで字のとおりで、参加資格には国籍が関係ありません。今年も多くの中国人が参加され、なんと優勝したのも中国人の青年、王頴さんでした。日本に留学して帰国し、現在は日系企業で働いているという彼は実は出演前に筆者は面識があり食事も一緒したことがあるのですが、当日は着物を来て下駄を履いての出場となりました。

彼が歌ったのは三波春夫の『大利根無情』、こぶしを聞かせ、袖口から取り出した扇子をかかげながら最後には梵鐘が鳴ったあとに朗々とした語りで会場を湧かせ、最前列に座っていた木寺大使がおもわず立ち上がって駆け寄り握手を求めるという一幕もありました。

彼のように日本語で歌う中国人、逆に中国語で歌って踊る駐在員ユニットが特別賞をもらったり、タイムリーにスターウォーズのコスプレで演出賞をもらうユニット、また、毎年替え歌で北京の駐在員の悲哀を歌って会場多くの日本人の共感と笑いで沸かせ、今年も大使賞をもらって大使からハグされている歌合戦の常連さんの姿もありました。

さて、このような形で日本人と中国人が一緒に歌合戦などでもりあがればさぞかし日中友好になるのだろうというようにも見えますが、個人的には参加している人同士が仲良くなって、その人がたまたま日本人だったり中国人だったりしたというだけのことでしかないような気もします。中国人が日本の歌を歌っても、日本人が中国の歌を歌っても、その歌を好きなだけなんじゃないかと思ってしまうのです。

そんなひねくれたことを考えながら最後の表彰式、王さんの優勝が発表され、トロフィーが授与され、王さんにコメントが求められた時に彼がいいました。「日本に留学し、日本のアニメと演歌にはまり、日本の歌を歌って日本の心と、(一息飲んで)義理と人情を中国に伝えていきたいと思います」

会場は拍手に包まれ、観客も応援席も立ち上がって喝采をあげました。彼が中国人だからとか日本の歌を歌ったとかではなくて、彼の歌に込められた心が聞く人の心を動かし、彼の最後の言葉が会場の人全員の心を震わせたのだと思います。

会場にいない人がこのイベントを表層だけ聞いたとしたら、ほう、中国人が日本の演歌で優勝するなんてさぞ「日中友好」に配慮したのだろうねって感じになるのではないかという気がします。いや、これは筆者がひねくれているということも多分にあると思いますが、いいたいのは、互いの心や気持を理解して楽しくやってれば、「友好」なんてのは結果として出てくるものであって、看板にのせるようなものではないのかもしれないなんて思ったということです。

翻訳でも綺麗な文章と用語とかも大事ですが、心が肝心、そういうことかもしれません。

 
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「北京から見る日中翻訳業界」 第16回 「北京で整体が流行るわけ」


最近、中国のモバイルアプリはもしかすると日本よりも便利になったのではないかと思う時があります。コンビニやレストランではバーコードにかざすだけで支払ができるし、買い物の前に商品のバーコードにあてたら値段が分かったりもします。

以前にモバイルで手配するタクシーを紹介したことがありますが、これも発展進化を続けており、出発地と目的地、出発時間を設定すれば、システムが登録されている車を出発地付近で探し始め、手配されるとその車の現在地が地図上に表示されます。「あと何分であなたのところに到着します」というメッセージとともに、車の番号と運転手の名前、運転手の携帯電話番号が表示されるので、希望した時間に車がくるかどうか、自分の感覚で確認することも可能です。

支払についても、携帯アプリで紐付けられているので、現金を支払う必要もありません。降車後に運転手への評価を送信したら一件落着です。この評価が低いとアプリが配車する時の優先順位に影響されるので、運転手のサービスも格段にあがり、客が忙しそうなら邪魔をせず、退屈そうなら話を振るなど評判になっています。旧態依然とした従来のタクシーは逆に運転席に監視カメラをつけたせいで、かつては名物だった地元ドライバーとのよもやま話なども聞けなくなり、乗車から降車まで行き先を告げる以外一言も会話がないのと対照的ですね。

北京のレストランなら席につけばホールスタッフが注文をとりにきますが、軽食やファーストフードなどカウンターに並ばなければならない店も多くあります。一部のお店では携帯アプリを導入して店内にWiFiを用意し、席についてアプリで注文、アプリで支払できるようにしましたら、誰かが席をとって、誰かが並んでなんて手間がなくなり大好評になったそうです。

有名な人気レストランでは予約を受けないところや、日本式のラーメン店などで店の前に行列が出来るお店も予約を受け付けてないところが多くあります。本来は早めに行って並ぶしかなかったわけですが、そこで登場した携帯アプリのサービスが、「並び屋」ってもので、携帯で並んで欲しい店と時間を登録したら、その近くの並び屋が手配され、あなたの代わりに並んでくれます。タクシーチャーターの応用ですね。

そもそも北京で生活するのに、場合によっては自分自身がまるで動くことがなく怠惰な生活ができる環境がありました。レストランの宅配はもとより、クリーニングのピックアップ、コンビニからのミネラルウォーターやソフトドリンク、ビールやお酒におつまみなんでも配達できますし、部屋が汚れれば清掃サービスを呼べば1時間500円程度、万歩計をつければ1日に100歩も歩いてない北京人もいるのではと思います。

そうなると万年椅子に張り付いているオフィスワーカーなどから大きな需要が出るのがマッサージとか整体とかになるのですが、実はこちらも出張サービスが人気だそうです。便利過ぎるのも健康にはよくないかもしれませんね。翻訳などを生業にしていると職業病になっている人は日本でも多いかもしれません。かくいう私も腰痛持ちですから歩けるところは歩く、自分で出来ることは自分でするということを今年の目標にしますかね。

 
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「北京から見る日中翻訳業界」 第15回 「おいしい中国」


12月になっても街にクリスマスの飾りはなく、年末の雰囲気もなく、北京に暮らす日本人はせめて気分を出すためにクリスマスには洋食レストランに行ったり、年越しに日本料理店でそばを食べたりするわけですが、中国の物価が高くなったおかげで美味しいものを食べるのも結構な散財になります。

北京といえば世界各国の駐在員へのアンケートで物価の高い都市ランキングが7位になり、アジアでは上海が1位、北京が2位という高順位につけています。おそらく、北京で日本と同じもの、たとえば日本食レストランや日本食スーパーなどを常用するなら日本より高くなるのは当たり前ですが、中国人が日本に旅行してなにを食べても安くて美味しいというのならやはり北京は高いのだろうという気がします。

日本食は中国ではすでに珍しいものでも、特段高級な料理でもありませんが、それでも日本食は中華料理より割高ではあります。例えば北京でも日本風ラーメンは人気ですが、ラーメンと餃子やご飯物のセットにしたら軽く1000円を超えます。割りと人気の日本食レストランがあってお昼に握り定食を出しているのですが、これが2000円くらいですからやっぱり高いですね。味は日本の回転寿司が美味しすぎるのでしょうけど、残念ながらこれに負けています。それが結構繁盛しており、お客は大半が中国人だから、中国に美味しいレストランはないのかという気になってしまいます。

中華料理のレストランで美味しい店も、日本人駐在員はちゃんと把握しておかなければ日本からの出張者や顧客の接待などにも間に合いません。中国のレストランは相対的にリーズナブルですが、たとえば北京ダックを食べて美味しかったと喜んでもらえるレベルのお店ならやっぱり一人5000円くらいはかかります。ちなみに中国の高級料理店などは桁が変わりますが、昨今の反腐敗キャンペーンのために経営困難になっているところも多いようです。

お客様をもてなすなら多少お金を使ってでも、それなりの店構えのレストランに行きたいものですが、北京に住んでいて日常的にこんなところでばかり食べていては破産します。自炊すればいいのですが、一人暮らしの若者や単身赴任のサラリーマンなら面倒くさいですよね。日本ならコンビニ弁当なんていうところ、中国の場合はリーズナブルな食堂も多くあります。私も通りがかった小さい店にいきなり入る勇気はありませんが、北京で1年以上も営業しているような店ならまずは大丈夫かなと考えています。安全を気にしたら本当にきりがないし、大きい店や高い店だから安心というわけでもありませんから。

私がよく利用するのは陝西麺の専門店で、名物の酸っぱくて辛い麺が1杯280円、膜という中華風のバンズにトロトロに煮込んだ肉を挟んで食べる中国バーガーは130円、地元の燕京ビールは1本100円で出してくれるのですが、一番嬉しいのはお勘定って言った時、店主がニコって笑って「腹いっぱいになったか?」って必ず聞いてくれることです。こういうリーズナブルでおいしくて心が暖まるようなお店も実はたくさんあります。

ただ、高いものでも安いものでも、北京で美味しいものを食べるにはコツがいります。チェーン店でも場所によって値段も味も変わるし、人気が出れば偽物だって現れます。また同じ店でも注文の仕方でも値段と満足度ががらりと変わりますから、北京の外食は1つの技術と言ってもいいかもしれません。

 
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「北京から見る日中翻訳業界」 第14回 「ワケありツアーにご用心」


先日輪タクのおばちゃんと世間話しているとき、「あら、あんた日本人かい?こんどね、わたしも日本に行くんだよ。だからさ、日本でなに買ったらいいか教えてくれない?」なんてことを聞かれました。

輪タクというのはだいたい交通が不便なところで、地下鉄やバスの駅までなんていう短距離専用で利用される屋根付きの三輪オートのことで、本来は障害者の移動に使うためのものであって客を乗せることは認められていない、いわゆる白タクの一種なわけです。地域によって値段が変わりますが北京の中心区では8-15元(約160-300円)ですね。北京の中心区の交通が不便なのかってことは、聞かぬが花というところです。

違法だから取り締まりを避け、こそこそと毎朝ラッシュ時に住宅地区から、また夜は遅くまで今度は駅周辺で客を待つ、結構大変なお仕事なのに大した儲けにもなりません。そういう人でも海外旅行に出かけるということ、しかも日本で爆買いする気マンマンってところに興味深いものがあります。


日本では1回の旅行で数百万使うような中国人富裕層を面白おかしく取り上げることが多いですが、中国から日本への旅行もバリエーションが広がってきており、5-6日程度のパックツアーなら、なかには航空券単体価格より安い料金にパックされているものも少なくありません。

中国国内のパックツアーで注意を要するのは、「買い物に連れて行かれること」と「エクストラ料金をとられること」です。万里の長城のツアーなのに関係のない商品の即売会に連れて行かれ、一定人数が買うまで説明会が終わらずにツアーが出発できないとか、長城の麓まで到着したと思ったら登る料金は別請求されたりなどといった具合で、買い物する店も、食事するレストランもツアー向けに用意されているのです。

中国の旅行業界は、ツアーを組む旅行会社と、実際に旅行客を帯同する旅行社とが分かれることが多く、下請け側ではひどくなるとお金を払ってツアー客を買ったりします。当然下請け側は旅行社もガイドもこの時点ではほとんどタダ働きです。そこからどうやって回収するかというと、土産物屋やレストランからのキックバックと、現地徴収のエクストラとなるわけで、パックツアーでは割損な買い物とまずい食い物がパックされていることが多いわけです。日本から中国のパックツアーでも現地旅行社との提携で某有名北京ダックチェーンに案内されることが多いですが、まぁ「点到為止」、この辺で置いておきましょう。


さて、冒頭の輪タクのおばちゃんは、そういう事情を良く知っているから、日本で騙されないためにはどうしたらいいのかってことを心配しているわけですが、日本にそんなことはないですよって思いたいところです。

残念ながら現実は理想と異なり、最近中国で話題になるのは日本で騙された体験談であり、おばちゃんの心配は的を射ているわけです。日本で受け入れする旅行社の多くは中国や台湾・香港系で、市価の10倍もふっかけるような「独自の免税店」とか、ツアー客専用の超低レベルメニューを用意した「有名中華料理店」に誘導されます。以前イタリア旅行した時に見た、路地裏の寂れた中華料理店にぞろぞろ入っていく中国人団体ツアーの光景を思い出しました。

せっかくの日本旅行ですから、「なにを買ったらお得か」とか、「どこで買ったら騙されないか」などということから離れ、日本ならではの買い物やグルメ、楽しい体験を日本で提供して、また来てもらえるようになればいいですね。翻訳会社としてもその一助になれればと考えているところです。

 
| 【中国語翻訳コース】 | 12:00 |
「北京から見る日中翻訳業界」 第13回 「白タクとハイヤー」


「此頃都ニハヤル物」なんて口上をたてたら現代北京版はわりと簡単にできてしまいそうですが、社会風刺はさておいて北京のタクシー業界に起きている変化を紹介します。

北京や上海のような大都市では街中で道を聞かれることも多いのですが、北京の場合は道ではなくて、「どこでタクシーが拾えますか」なんて聞かれることもあります。北京市内は場所によってはタクシーが客の乗降をさせてはいけない地域があり、空車のタクシーが停まってくれないという場合には、その場所が禁止区域だからダメな場合もあるし、あるいはその方向だとタクシーが嫌がって乗車拒否する率が高いというような車線であることもあり、そういう地元民でないとわからない情報を聞きたいということが背景にあります。

北京ではラッシュ時や雨天でなくても、タクシーを拾うのに10分から30分かかることが珍しくありません。以前実施された調査によると、北京での「タクシーの拾いやすさ」は調査対象になった38都市のなかで28位という結果でした。ちなみに上海は第3位、天津が第2位ですから、北京は随分悪い評価がされており、上海と天津が好成績ということですから都市の規模などだけに原因があるものではないかもしれません。

北京のタクシーの不便さはこれだけでなく、やっと空車が来ても窓から首をつきだして、行き先を聞いてくる運転手が多いわけで、つまり行き先によっては乗車拒否されます。それを嫌って無理やり乗り込んでしまったとして、行き先を告げると「知らない場所だから道案内してくれるなら行く」なんて言ってのけます。これは本当に知らない場合もあるし、知らないふりして遠回りする伏線だったり、あるいは行きたくないからあわよくば下車させようという目論見であったりもします。

そんななか、最近は道端でタクシーを探す人が減りました。変化を起こしているのはここ数年に次々と生まれてきている携帯アプリを使ったサービスです。ネットにつながったアプリを使い、現在地の近くのタクシーを探すというもので、当初はアプリを使うと拾いやすさが格段にあがって一気に普及しました。ただ、普及してしまえば元の木阿弥で、タクシーの運転手は道端で窓をあけて行き先を聞くかわりに、アプリで配車要求を出した客に直接電話をかけて行き先を聞くようになったので、渋滞が予想される地域へ向かう場合などは、乗車拒否の確率はむしろ上がってしまったわけです。

タクシーが拾えないラッシュ時に需要の多いオフィス街などでは、交差点付近にとめて客を探す白タクが多く発生していました。タクシー料金の倍から3倍の値段をふっかけられるし、もちろん違法でもあります。発生していたと過去形にしたのは最近ずいぶん減ったということがあります。もっといいナニカが出てきたからですが、取って代わったのが「新しい配車サービス」です。

「タクシー配車サービス」から一歩進み、「タクシー会社ではない一般人の自家用車とその運転手をアプリで配車する」というサービスなのですが、タクシーより低料金で、乗車拒否されることもなく、アプリに付属のナビがあるために道案内する必要もありません。中国語では「快車」とか「専車」とか言われていますが、私はまだ適切な日本語訳を思いついていません。「ハイヤー」以外にあるのかって気もしますが、タクシー会社に所属していないものをハイヤーというのはちょっと語弊があるようにも思います。「それってつまり白タクじゃないの」とは思っても言わぬが花というところでしょう。日本のニュースではハイヤー配車サービスになっていますけどね。

ところで「ハイヤー」の運転手、どんな人がやっているのかっていうと結構お金持ちでハイソなお兄ちゃんがやっていたりします。ある時アプリで予約できたドライバーから早速電話がかかってきたのですが、開口一番「何人ですか?」って普通はなかなか聞かれない質問。子供連れで3人だと答えると、嫁が助手席に乗っているので後部座席3人でよければ引き受けますとのこと。奥さんをナビゲーターにしていたわけです。客が日本人だとわかると、「俺あまり日本語分からないよ」と運転手、「『あまり分からない』と『全然分からない』の違いを教えてあげようか」と奥さん、夫婦漫才が見られるハイヤーは北京にしかないかもしれません。

 
| 【中国語翻訳コース】 | 10:00 |
「北京から見る日中翻訳業界」 第12回 「爆買いの行方」


8月の中国にはいろいろなことが起こりました。権力抗争だとか陰謀だとかは個人的には大好きですが、本ブログの趣旨と異なりますので取り上げません。興味のある向きはネットでも週刊誌でもあふれんばかりに出回っていますからそちらからお願いします。今回のお話はこの記事が配信されるころには結果が出ているはずの、9月3日の記念日連休、中国人訪日ツアー客の人数と、消費金額についての展望です。

爆買いなんて今更な話題と思われるかもしれませんが、今回は注目すべき理由があります。一つには8月に人民元が切り下げられたこと、もう一つには関税徴収基準の強化がされることの2題です。人民元切り下げにも驚かされましたが、関税強化は8月半ばになって急に発せられた通知で、9月1日以降は空港から入国する際に持ち込む物品は、転売目的でなく自分が使用するためのものであっても、トータルで価値が5000元を超える分について関税を徴収するというものでした。この法律自体は新しいものではなく、運用強度を厳格化したということです。

基準とされる5000元といえば約10万円に相当するわけですが、中国人の富裕層が数日で数百万使ったなんて武勇伝が数多く伝わっているなかでずいぶん少額、つまりかなり厳しいものに見えます。また、日本での爆買いにはかなりの割合で転売目的、つまり中国に持ち込んで中国のECサイトで販売されるものが含まれていたはずですからこれらにも影響がありそうです。

そうして見れば、今回の規制強化の目的としては、(1)国内での消費促進による国産製品の保護、(2)国内で消費されていれば入るはずの増値税(付加価値税)を関税徴収で補填、(3)国外への資産流出を制限というあたりになろうかと推測することができるとは思います。

また旅行者が海外旅行で購入して持ち込む以外に、海外からの代購(中国国内の中国人の代理で海外サイトから購入すること)は、「海陶」という新しい言葉ができるほど流行しています。サイトには日本のECサイトなどで購入した画面キャプチャが掲載され、日本のサイトから購入した正規品であることや、また中国で流通している偽物との比較写真、真贋の判断基準などを掲載したネット店舗が数多く出店されています。

これらの「貨源」(仕入れ先)は、日本在住の中国人のほか、日本に旅行した際にネットで購入してホテルへ発送させ、ホテルで受領したものを自分で今度は中国の自宅向けにEMSなどで発送するというケースも含まれています。いずれにしても、日本国内で中国人が「爆買い」したことには変わりありませんが、これらへの関税徴収も厳しくなり、「代購」のコストは少なくとも30%上昇するという解説がネットで紹介されたりしています。

さて、私が注目したいのは8月の人民元の切り下げと関税徴収強化で、爆買いによる中国人の日本での消費は減るのか、中国人の訪日観光客数の増加には影響があるのかという二点です。中国国内販売では関税のほかに増値税、品種によっては消費税が重なり、同じ商品が日本の2倍3倍になることもあります。また、税額面で、日本で買うメリットがなくなったとしても、日本で買えば偽物の心配は少なそうです。

激安ではなくなったとして、それでも日本で買うのか、それでも日本に行くのか、私としては、これまでの訪日ツアーがただの買出しツアーでなかったと信じたいのです。もう1つ、中国には「上に政策あれば下に対策あり」という言葉があります。政策は出ましたが、さて人々の対策やいかに、というところは、もっと気になっているところでもあります。

 
| 【中国語翻訳コース】 | 17:00 |
「北京から見る日中翻訳業界」 第11回 「麻婆茄子と魚香茄子」


日本へ旅行する中国人が増えるにつれて、グルメやメニューに関する翻訳に携わる機会も増えてきました。日本で見る料理にも中国人に馴染み深いものからそうでないものまであります。翻訳においては、馴染みのあるものにほど落とし穴があったりするわけです。

さて、異郷で母国の料理が恋しくなるのはよくありますが、日本にくれば中華料理も日本風になっていたりします。たとえば麻婆豆腐なんて日本で食べると花椒(フアジアオ)が入っていないものが大半です。麻婆豆腐の「麻」はしびれるという意味で、これは花椒が入っているから口がしびれるのです。料理を表す肝心な要素が抜けているわけで、本当なら「豆腐の甘辛煮込み」ってあたりが正しい訳語な気がします。

また、日本の中華屋さんで餃子を頼んだら厨房のなかでは「コーテル、イーガー(锅贴一个)」という元気な和製中国語が聞こえます。中国で餃子と言えば茹でたものがスタンダードだし、餡ににんにくが入っていないから会議前でも口臭の心配はいりません。中国北方では餃子を食べるときに生のにんにくを丸かじりしながら食べる習慣もありますが、餡のなかに刻んで入れるのは日本風だと思われます。日本に出張にくる中国人は要注意なところです。

同じ漢字の料理名でも国がことなれば発祥元と異なるものになることもあるわけですが、日本国内でも地域によって同じ名前の料理が変わったりもします。たとえば「たぬきそば」は関西でたのむと油揚げがのせられたそばが出てきます。「たぬき」だから「タネ抜き」つまり「天カス」のはいったそばという説は日本全国のスタンダードではないわけです。では油揚げの乗ったそばは関西だけのものかというとそうではなく、関東ではこれを「きつねそば」というわけですから、これらを中国語に翻訳するとしたらどうしたものですかね。興味のある人はネットで検索してみてください。いろんな人がいろんな翻訳をしています。

さて、中華料理で名前のまま翻訳できないものということをテーマにすると、代表格になるのが天津飯とか冷やし中華になろうかと思います。中国生活の経験がある人ならわかりますが、中国に天津丼なんて料理は存在しません。冷やし中華にいたってはそもそも縮れ麺が中国本来の麺ではないし、冷やして食べるというのもレアケースです。そこに酢をかけて「和がらし」をそえて食べるなど、中国人からすればウルトラCもいいところです。

これが難度最高かと思っていたらまだありました。「麻婆天津麺」という料理は、日本風ラーメン(縮れ麺)の上に麻婆(「麻=花椒」が入ってない日本風甘辛あんかけ)が乗って、その上に蟹肉のはいってない芙蓉蟹(カニ玉)がトッピングされたものだそうです。個人的には難易度Eランクくらいまでいってそうな気がしますがどうでしょうかね。

日本には麻婆茄子などの麻婆つながりの料理がありますが、これも中国にはありません。良く似た料理に魚香茄子という料理があり、これは麻婆豆腐と違って「麻=花椒」が入っていないのです。さて、するとこの料理の餡は日本の麻婆豆腐とほぼ同じ(細かいことはきにせずに)ってことになりますかね。余談ですが最近、中国では北方から旅行してきて四川でこの料理を食べた客が、「魚が入ってない」というクレームをつけたことがあったそうです。関東でたぬきそばを頼んだ関西人が「油揚げがはいってない」とクレームをつけたネタを思い出して笑ってしまいました。メニューの翻訳って難しいですね。

 
| 【中国語翻訳コース】 | 13:00 |
「北京から見る日中翻訳業界」 第10回 「老師と先生」


5月のことですが、北京では「北京日本人会」が主宰する蒼井そらさんの講演会が開催されました。場所は北京の長富宮飯店(ホテルニューオータニ)にて、日本人会会員向けのイベントではありましたが、中国人に言わせると「さすが日本人、(中国人なら)ちょっと出来ない、というか思いつかないことをやるね」ってことでした。

Wikipediaによると蒼井そらさんの紹介は「AV女優、女優、タレント、歌手である」とされていて、現状ではかなりマルチな活動をされており、AV引退説なども流れたりしたようですが、上記の講演会では「私はいつでも脱ぎますよ。ただ中国では許可してもらえないんですよね」なんて話されていたそうです。

さて、なぜ中国で蒼井そらさんかというと、ご存知の方も多いとは思いますが、彼女は実は中国で「老師」と呼ばれるほど人気で、また尊敬もされていて、中国のマイクロブログには1500万人ものフォロワーがついているのです。ブログには中国語でつぶやかれていて、間違いやたどたどしい表現も多いそうですが、ファンにとっては小さなミスもむしろ好ましく映るのでしょうね。このように人気者の蒼井そらさんですが肩書は上記のとおりですから、中国人の感覚からしてみれば、日本人会のような公的機関が企画する行事としてはかなり意外に感じられたようです。

そんな彼女につけられた敬称である「老師」について、このブログの読者なら説明は不要と思いますが、日本語では「先生」のことです。ちなみに中国ではフリーランスの翻訳者への敬称にも、「○○老師」とするのが業界の流儀になっています。蒼井そらさんが何の先生なのかは別として、まぁそのように尊敬され、そして愛されているわけですね。

今回もう少しお話したいのが、この敬称についてです。例えば日本で弁護士の先生への敬称なら「○○先生」っていうのが普通ですが、中国では「○○律師(弁護士)」っていうのが一般的です。この場合は日本語の「先生」が中国語の「老師」には対応しませんよね。老師といえばカンフードラマを思い出す人も多いと思いますが、ああいうのに出てくるお年寄りの達人はむしろ「師父」であって、ジャッキー・チェンとか習う方は「弟子」になり、「老師(先生)と学生(生徒)」とはちょっとニュアンスが変わります。

「先生」という敬称は中国の日常生活でもよく耳にするもので、たとえば道を聞く時やレストランで店員が客に呼びかける際などにも使えますが、もちろんこれは男性に対してです。女性に対しては年齢に応じて変わることも多くなったようですが、若い女性なら(あるいは若く思われたい女性には)「小姐」とか「姑娘」とか呼びかけることも多いようです。街の食堂などで店員を呼ぶ時は「服務員!」と叫ぶか、上品なレストランなら「ニイハオ」って手を上げるのが今風です。

さて、翻訳のお話です。小説や漫画でカフェの席についたばかりの清楚な若い女性がいるワンシーン、イケメンの中国人ウェイターが彼女に「姑娘」と声をかけました。さて、日本語に訳する場合、カフェのウェイターが客に対して「お嬢様」と声をかけるシーンを想像できるでしょうか?日本のカフェなら「お客様」って声をかけるのが普通だろうと思いますが、もっといいのを思いつく方がおられたら教えてもらえると嬉しいです。

もう1つ、もし中国にAV女優出身のアイドルが今後売れっ子になったとして、蒼井そらさんのように「○○老師」とか呼ばれるようになったとしたら、この方を日本語で紹介するにはどういう日本語がいいでしょうか。「蒼井そら老師」って日本語でも通じるけど、私の感性では非常に野暮ったく聞こえます。彼女の華やかな雰囲気なら「カリスマアイドル蒼井そら」とか、「愛のマイスター蒼井そら」とか―――ダサい?―――そう思った方はご自身の想像力の翼を多いにはためかせて、もっと良いものを考えてみてくださいませ。

 
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「北京から見る日中翻訳業界」 第9回 「中国医学と陰陽五行と翻訳の話」


唐突ですが中国の伝統文化の奥深さとコンピューター技術の発展から、IT翻訳にこじつけるのが今回のお題でございます。

さて、漢方薬の煎じ方も知らない世代が増えている中国ですが、それでも大きな病院には西洋医学と中国医学の両方のお医者さんがいて、それぞれのアプローチで診察し、薬を処方してくれます。ここでいう漢方薬とは何種類もの生薬を組み合わせて処方されるもので、中国では「中薬」と呼ばれます。日本の薬局で漢方薬を買えば、一般的には効果が遅いが身体にやさしいとか、副作用がないなどという認識を持たれがちでもありますが、中国で中薬と言えば毒も含みます。毒をもって毒を制すとは中医から来た言葉であり、その場合は健康な人が飲んでも身体を壊すだけで、これは副作用ではなく正しい作用の生薬を、誤って使用しただけのことであります。

中国医学とは「患者の状況」に応じた治療を行うことであり、風邪にはこの薬、下痢にはこの薬というレベルではなく、患者は年齢が何歳で、慢性的に身体の状況がどのようになっていて、生活リズムや精神状況や場合によっては家族構成や生年月日などまで総合的に判断して決定するものであり、ですからその意味において、日本のドラッグストア(病院の処方箋を売る薬店を除く)で売っている漢方薬と中国の「中薬」は意味が異なる、はずなんですが、中国でも最近は薬局の薬を指して、これは中薬だから副作用ないなんていう中国人がおられます。言葉はいきもの、ってことかもしれません。

さておき、中医が判断する材料として主なものは、舌や指先、顔色などを見ること、声や息遣いなどを聞くこと、脈や腹部を押した感触、本人や家族の病歴や既往症、生活状況などの問診で、ここに陰陽五行の理論が応用されます。陰陽五行とは陰と陽、五つの性質すなわち「木」「火」「土」「金」「水」であり、これが身体においては「肝」「心」「脾」「肺」「腎」に相当します。これらには相生相克の関係があり、相生関係として、木は火を生み、火は土を耕し、土は金を育みますが、相克関係が同時に存在し、土から生まれた金は木を切り倒すが、火に溶かされもするものだということです。

この原理に基づけば、心臓が弱っているなら肝臓からの流れを通してやればよく(相生)、また水の気による制御を避ければいい(相克)という考え方ができます。身体の一部を切除したり、一部を保養したりするということではなく、いかに全身のバランスと気脈の流れを整えるかということが中国医学の考え方であり、そのためには家族環境や食生活、ひいては生年月日時による四柱推命まで行う医者が珍しくありません。

四柱推命とは中国語では八字と呼び、これは生まれた年月日時から求められる符号の組み合わせになります。八字と言われる所以は、この符号が膨大な種類のなかから8つの組み合わせとして算出されることにあります。そして、その組み合わせから、この八字の持ち主はどのような人間で、どういう性格で、どういう仕事に向いていて、ひいては将来どのような運命が待っているかを読みとることを、「算命」といい、占い師の仕事になります。

八字を求めるだけなら、実はそれほど膨大な資料は必要なく、計算式と表があれば素人でも出来るので、それを活用した四柱推命のようなコンピューター占いも多く見受けられますが、コンピューターの行う思考とは統計の参照と計算であって、占い師の「算命」とは異なるし、それゆえに例えば中医が患者の病状を細かく問診票にしてコンピューターに入力しても、中医の診断にはならないように思います。

さて、翻訳業界でもコンピューターの出番が増えてきましたが、コンピューターが翻訳文を決定する方法と、人間のそれの決定的な違いとはなんでしょうか?ルール型と統計型の違いをとりあげたことがありますが、どのような方法であってもコンピューターの特徴は「考えない」ことだと思います。

原文の言いたいことを解体し再構築する、そういう能力が人工知能に備わったなら、翻訳者も占い師も中医もコンピューターに仕事を奪われそうですが、人間のAIに対する優位性とは捨てることが出来る点だと言われたりすることもあります。人間だって「考える」という活動を説明しきれているのかなんて言い始めると、哲学的でSFっぽいお話はマニアックになりすぎるからこの辺で、あとは皆様の思索にお任せしますかね。

 
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