アイ・エス・エス・インスティテュート 英語通訳者養成コース講師 柴原早苗
CNNのニュースには毎回様々なトピックがお目見えします。世界情勢はもちろん、医学や芸術、スポーツに経済なども出てきます。アフリカ情報や紀行番組もあり、シフトを通じて多様な分野に触れられるのは放送通訳業の醍醐味です。
中でも私が注目しているのが、CNN World Sportというスポーツ番組。日本のニュースではあまり出てこないクリケットやマリンスポーツ、馬術なども頻繁に取り上げられます。番組では特にイギリス人キャスターDon Riddellの英語が秀逸!そこで今回はリデル記者が用いた表現を出発点に医療関連英単語のフレーズをご紹介しましょう。
1 a taste of one’s own medicine 自業自得
Since he did not act faithfully, he seems to have got a taste of his own medicine. (誠実に行動しなかったから、どうやら彼は自業自得に陥ったようだね。)
「自業自得」を英語でa taste of one’s own medicineと言います。文字通り訳せば「自分の薬を自分で味わう」といった状況です。実はこの語源、イソップ物語の「医者になった靴職人」から来ているのですね。「ニセ医者がニセ薬を売るも、本人が病気になりしっぺ返しを受ける」というエピソードです。
このフレーズに初めて出会ったのは、リデル記者の試合関連レポートでした。この英語には「仕返しを受ける」というニュアンスもあり、そのような文脈で使われていたのでした。スポーツニュースなのにmedicine(薬)という、かけ離れた単語が私には実に興味深く思えます。
2 doctor 改ざんする
The company had to apologize for doctoring the financial statements. (会社は財務書類を改ざんしたため、謝罪せねばなりませんでした。)
英語で「改ざんする」をdoctorと言います。doctorは「医師」という意味の他に「治療する」という語義があり、上記例文のように「(文書などを)改ざんする」という意味もあります。人の命を預かる医師で神聖な職業であるはずなのに、「改ざんする」という語義が存在するのもオドロキですよね。
ところでイギリスに合計10年ほど私は暮らしたことがあるのですが、イギリスは日本同様に国民皆保険制度があります。転入すると近所のGP (General Practitioner)というかかりつけ医をあてがわれます。体調不良になったらまずはGPの元を訪ねる、という仕組み。イギリスにいた時は「お医者さんに行く」を”I’m going to see my GP”とよく言っていましたね。
3 nurse a grudge against … 〜に恨みを抱く
Everybody liked her because she never nursed a grudge against others. (彼女は他者に恨みを抱くことは決してなかったため、皆から好かれていました。)
nurse a grudge against … は「〜に恨みを抱く」です。nurseは名詞であれば「看護師」ですが、動詞では「看護する」です。また、「(悪感情を)心に抱く」という意味もあり、上記例文ではそのニュアンスで用いられています。
ところで「恨み」を表す英単語にはgrudge以外もあります。grudgeは「不当な扱いに対しての恨み」である一方、spiteは「軽い衝動的な恨み」のことです。grudgeの語源は古フランス語のgrouchier(ぶつぶつ不平をもらす)から来ています。
4 put a bug in someone’s ear 人に情報をこっそり教える
She put a bug in her colleague’s ear about the company’s new marketing plan. (彼女は会社の新しい販売計画について、同僚にこっそり教えました。)
今月最後にご紹介するのは体のパーツから。「人に情報をこっそり教える」は英語でput a bug in someone’s earと言います。文字通り訳せば「誰かの耳に虫を入れる」となり、一瞬ギョッとするようなシチュエーションですよね。でも、ここではいかにも内緒の情報を伝えるという様子が想像できます。
なお、bugは「昆虫」のことで、アクセントは「バ」が強く読まれます。一方、日本語のパソコン用語では「不具合」のことを「バグ」と言います。こちらのアクセントは平たく「バグ」というカタカナ。ちなみにcanoeは英語の場合「ヌー」に強勢がありますが、日本語では「カ」が強くなります。放送通訳に携わる場合、こうしたカタカナの読み方にも神経を使うのですよね。
いかがでしたか?今月は医学用語関連の英語フレーズをご紹介しました。そういえば3月3日は「耳の日」でしたね。通訳者の商売道具の「耳」。大切にしたいと思います。
柴原 早苗
放送通訳者、獨協大学非常勤講師。上智大学卒業。ロンドン大学LSEにて修士号取得。英国BBCワールド勤務を経て現在は国際会議同時通訳およびCNNや民放各局で放送通訳業に従事。2020年米大統領選では大統領・副大統領討論会、バイデン/ハリス氏勝利宣言、大統領就任式などの同時通訳を務めた。NHK「ニュースで英語術」ウェブサイトで日本語訳・解説を担当。大学や企業での学習アドバイス経験多数。コラム執筆のほかツイッター(@Addington76)も更新中。